Beautiful JAPAN towards 2020

岐阜県:土岐市

Beautiful JAPAN towards 2020

2017年9月27日

[岐阜県]
オリンピック選手が牽引する、
岐阜のウエイトリフティング

岐阜県には、ウエイトリフティングに取り組む環境が整っています。可児市運動公園ウエイトリフティング場や土岐市ウエイティング場など、専用の施設も充実。そして、地元出身のオリンピック選手が協会の運営にも携わっています。オリンピック選手をキーに、岐阜とウエイトリフティングの歴史をひもといてみましょう。

きっかけは岐阜国体

元ソウル五輪ウエイトリフティング日本代表の小栗和成先生によれば、岐阜でウエイトリフティングが広まったきっかけは、1965年の岐阜国体で土岐市がウエイトリフティングの会場になったこと。

ソウル五輪でご自身が着た公式服と小栗先生。現在、岐阜県立中津高校に展示されている。

その後、土岐市出身者が岐阜のウエイトリフティングをけん引することとなります。その立役者が、二人のオリンピアンです。一人目は、安藤謙吉さん。現在は、岐阜県立土岐紅陵高等学校元総監督。日本大学4年生のとき、ミュンヘン五輪に出場。さらに、1976年モントリオール五輪で重量挙げ男子60kg級銅メダリストとなりました。幻のモスクワ五輪代表でもあります。もう一人が小野祐策さん。安藤さんと同様、ミュンヘンとモントリールの五輪に出場しました。

小栗先生が指導した土岐商業ウエイトリフティング部は、国体連続入賞をなしとげた。

ウエイトリフティングの低迷期を超えて

安藤さんが銅メダルを獲得した時には、土岐市でパレードが催されたほど。その後、小栗先生と土岐商業出身の戸松伸隆さんの二人が、ソウル五輪に出場。岐阜は、ウエイトリフティングで4人のオリンピック選手を輩出しました。しかし、その後、低迷期が訪れます。「その要因は、野球やサッカーに比べると、ウエイトリフティングが高校の部活動として『マイナースポーツ』であったことですね」 そう語るのは、小栗和也先生。

風向きが変わったのは、小栗先生が土岐商業ウエイトリフティング部の指導をはじめた頃。指揮をとって2年目、土岐商業の選手が国体で入賞。そこから快進撃がはじまります。2015年まで、19年間にわたって岐阜県の高校生が連続入賞を記録。土岐商業ウエイトリフティング部の活躍は、「ウエイトリフティングの岐阜」の復活を後押ししたのです。

二度目の国体を契機に、新たな取り組みがスタート

2008年、4年後に岐阜で国体を再び開催することが決定しました。そのとき、小栗先生が取り組んだのは、国体開催を契機に、「小学生が強くなれる環境」を作ること。そこから誕生したのが、ビューティフルジャパンでも取材した、岐阜トレーニングクラブです。「小学生からウエイトリフティングの選手を育成するにあたって気を付けたのは、自由度の高い環境づくり」(小栗先生)。保護者の負担を軽減したり、練習の回数も週に1~3回の中から選べるようにしたり工夫したそうです。国体に向けたジュニア層の強化は、単純なエリート育成ではなく、地道な普及活動でもあったのです。

充実した設備の可児市運動公園ウエイトリフティング場。岐阜トレーニングクラブのほか、高校の部活にも使われる。

その活動は実を結びはじめています。ビューティフルジャパンでも取り上げた選手たちの活躍です。2017年8月に開催された全国中学生ウエイトリフティング選手権大会に、橋本愛絵さん、福原結さん、深萱咲桜子さん、丸山あずみさんが、そろって出場。橋本さんは58㎏級で優勝、深萱さんは53㎏級で3位という素晴らしい成績をおさめました。

岐阜のウエイトリフティングを担っていく新しい世代は、着実に育っている。

「今年(2017年)に高校卒業した子たちが、岐阜トレーニングクラブの1期生です」(小栗先生)。岐阜のウエイトリフティングは、50年以上の歴史の中で、すぐれた選手を輩出し、地域に根差した活動を続けてきました。ビューティフルジャパンが注目した岐阜トレーニングクラブの未来を目指す選手たちの背景には、こうした歴史があったのです。

▼インタビュー映像:
岐阜トレーニングクラブの選手とコーチが、競技の魅力と仲間の大切さを語る