Beautiful JAPAN towards 2020

新潟県:金谷山公園

Beautiful JAPAN towards 2020

新潟県:金谷山公園

Beautiful JAPAN towards 2020

宙に舞う勇姿は、
恐怖を乗り越えたあかし

1970年代初頭、モトクロスに憧れるカリフォルニアの少年たちが、オートバイの代わりに自転車を走らせて、ジャンプやコーナリング遊びをしていたのがBMXの始まりと言われている。その後も子どもの人気とともに発展し、2008年北京オリンピックで、ついに正式種目となった。

「自転車に乗ったままぶつかって、相手を転ばしてしまうこともある。でも、ぶつけないと勝てない。格闘技ですね」

そう語るのは新潟県の中井飛馬(あすま)さん。負けん気の強さは、現在、新潟県BMX協会の会長をつとめる父 浩之さんも認めるところ。

「相手の選手と競り合うときも、『絶対に勝てる』と信じ込むことができる。いい意味で〈勘違い〉ができるといいますか、人から笑われるようなことでも、自分の中で強くイメージすることができるんです」

県内の上越市金谷山公園には、世界屈指とされるBMXの専用コースがある。大小さまざまなコブや、バームと呼ばれるすり鉢状のカーブは、豪快なジャンプやスリリングな駆け引きを味わえる一方、選手にとっては常に危険と隣り合わせだ。

「誰でもいちどは、絶対に怖くなるときがある」

飛馬さんの言葉に実感がこもる。チームメイトの間野紅杏(まの くれあ)さんもBMXを「こわい」と語る。兄の我夢(がいむ)さんは、プロテクターなしでプレイをして左膝を負傷。そのときの傷跡は今も生々しく残っている。しかし我夢さんにBMXをやめる気はない。

「怪我をしないとうまくなれない。もちろん、怖いときもあるけど、恐怖心があるからこそできる走りもあるので」

新しいチャレンジ、大きなジャンプ。それらは恐怖に打ち勝ってこそ成功できる。その達成感を知っているからこそ、飛馬さんもまた「怖くてもやる」と言い切る。

2020年東京オリンピック。そのとき20歳になっている飛馬さんには、金メダルという確固としたビジョンがある。そして、日本ではまだ知名度の低いBMXを、メジャーにすること。勘違いでも構わない。その気持ちに偽りがないことは、本人と父 浩之さんが、誰よりも理解している。

撮影年月:2015年8月