Beautiful JAPAN towards 2020

東京都:府中市民陸上競技場

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Beautiful JAPAN towards 2020

感謝の気持ちを勇気に変えて
義足のアスリートは世界を目指す

きっかけは義肢装具士の臼井二美男(うすいふみお)さんからの一言だった。「走れるようになると、きれいに歩けるよ」

きれいに歩きたい。それだけのつもりで大西さんは臼井さんがつくった大腿切断者の陸上チーム「スタートラインTokyo」に参加した。気がつくとスポーツ義足で走るのに夢中になっていた。

大西 瞳(おおにし ひとみ)さん

「陸上を始めてからは義足がかっこいいと思えるようになったんです」

板バネの付いたスポーツ義足の軽さ、加速のスピード感。走る技術を磨くことでタイムはどんどん縮まり、念願の2016年リオデジャネイロ・パラリンピックに出場。100m決勝で8位、走り幅跳びで6位入賞を果たした。

もっと多くの人に観てもらいたい、足を切断した人たちに「自分も走りたい」と思ってもらいたい。そのためにも大西さんは走りつづける。2020年の東京に向かって。

村上 清加(むらかみ さやか)さん
プロフィール

「義足を使っている友達、同世代の女性の友達がほしい」

村上さんが「スタートラインTokyo」に参加したのはそんな動機からだった。しかし仲間が走っている姿を見て「自分も走りたい」と思うようになった。

「それまでは『辛いだろうけどがんばってね』といった言葉が多かった。でも陸上を始めてからは『応援している』とか『勇気をもらえる』という言葉をかけてもらえる。その変化がいちばん嬉しい」

一番の目標は東京2020パラリンピックに出ること。でも村上さんはその先のことも視野に入れている。
「障がい者であっても楽しく過ごせることを多くの人に知ってもらいたい。そのために何かできることがあればと思っています」

高土 文子(たかど ふみこ)さん

「スタートラインTokyo」に参加して1年。「やってみない?」と軽く誘われたのが投擲競技を始めたきっかけだった。

「走るのと違って投擲は身体のひねりや体重の移動が必要。体幹や義足側の筋力を、もっともっと強くしていかないと」

ひとりではここまで来れなかった。サポートしてくれる人への感謝の気持ちが、高土さんを「もっとやらなきゃ」と奮い立たせる。
東京2020パラリンピックは「正直、夢の舞台」。しかし諦めるつもりはない。

もっと遠くを目指して——
高土さんは今日も投擲に向かう。

笠松 大聖(かさまつ たいせい)さん

事故から2ヶ月記憶がなかった。目が覚めたら病室にいた。左足が切断されていた。

「夢かなと思いました」
それでも立ち直るのに時間はかからなかった。退院してすぐに「スタートラインTokyo」に参加。陸上を始めて「世界を目指そう」という気持ちになった。

走る瞬間にふと満面の笑みがこぼれる。
「そういうところも見てほしいかな」と少し照れながら語ってくれた。

福田 柚稀(ふくだ ゆずき)さん

幼稚園の頃から義足でうまく走ることができなかった。競走ではいつもビリだった。

1位になりたい——
希望が生まれたのはスポーツ義足との出会いだ。

「すごい、すぐに足が出せる!」

「スタートラインTokyo」の先輩たちが東京2020パラリンピックを目指すなか、福田さんの目標はただひとつ——
小学校の100m走で1位になること。

臼井 二美男(うすい ふみお)さん

「走れる義足に挑戦してみよう」

臼井さんがそう思ったのは義肢装具士となって5年目のこと。さっそく完成したスポーツ義足を片足を切断している青年に付けてもらった。10年間走ったことのなかった青年が、5歩ほど走ったあと嬉しさのあまり涙した。

「その涙を見た時に、これはやり続ける価値があるなと思ったんです」

1991年には下肢切断者を中心とした陸上チーム「スタートラインTokyo」をつくった。今では小学生から70歳までが参加する大所帯となり、臼井さんはチームのお父さん的な存在として慕われている。東京2020パラリンピックも他人ごとではない。

「欧米では当たり前のように障がい者スポーツがあって、それを楽しむという環境があります。2020年の東京がそこまでになっているといいですね」

※「ヘルスエンジェルス」は、2017年6月1日に「スタートラインTokyo」に名称を変更しました。
※映像の内容は2016年撮影のため「ヘルスエンジェルス」となっております。

撮影年月:2016年7月〜8月