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パラリンピック初出場から30年のブラインドマラソン、広がり続ける選手と伴走者の輪

2018年08月24日

写真:ブラインドマラソンの選手たちの練習風景

日本でブラインドマラソンの大会が開催されたのは1983年のこと。それから5年後のパラリンピックに選手を派遣してから、ちょうど30年の節目を迎えた2018年。東京2020パラリンピックを2年後に控え、選手層の厚さも増しており飛躍の一途をたどっている。日本におけるブラインドマラソンの歴史、そしてこれからについて、日本ブラインドマラソン協会の安田享平理事に聞く。

ブラインドマラソンの大会がはじめて実施されたのは35年前

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日本ブラインドマラソン協会の安田享平理事

日本でブラインドマラソンが普及するきっかけとなったのは、1983年の「第1回全日本盲人健康マラソン大会」です。この大会の翌年、1984年には、日本盲人マラソン協会、現・日本ブラインドマラソン協会(JBMA)が設立。選手の発掘や育成に力を注ぎ、4年後のソウル1988パラリンピックでは選手を3人派遣。そこから3大会後のアトランタ1996パラリンピックでは柳川春己選手が金メダルを獲得するなど、国際大会で活躍できる選手を輩出するまでになりました。

また、選手だけではなく、視覚障がい者のランナーをサポートする伴走者のスキルアップも図るべく、1992年には「第1回伴走者養成研修会」も開催。この研修会は現在でも定期的に行っており、講義と実技を通して伴走に必要な知識や技術を学んでもらう機会を定期的につくっています。

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合宿では、安田理事が自ら選手たちのタイムを測り、声をかける

国の強化支援が本格化したのは、アテネ2004パラリンピック後のこと。高橋勇市選手が同大会で金メダルを獲り注目されたのも後押して、選手強化のために予算が割り当てられるようになりました。北京2008パラリンピックからは運営・経済両面においても国際オリンピック委員会からの支援も本格化し、「パラリンピックもオリンピックと変わらず観客が楽しめるものにしていこう」という機運が向上。協会としても競技成績への意識がさらに高まりました。

現在、目指しているのは東京2020パラリンピックでの男女金メダル獲得です。同大会は国内におけるブラインドマラソン普及の起爆剤としても、またとない機会です。いまは選手層も厚くなってきたので、選手の選択と強化の集中によって、男女ともにメダルを獲れる選手の強化・育成に尽力しています。

伴走者の志願数は年々増加するもランナーとのマッチングに課題あり

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「GUIDE」というビブスを着て走る伴走者

ブラインドマラソンの認知度はまだまだ高いとは言えませんが、ランナーや伴走者のネットワークは確実に広がりをみせているところです。契機となったのは、2007年からスタートした「東京マラソン」だと思います。世間一般でマラソン熱が高まり、10年を経過したいま、自己記録更新との闘いから「人の役に立てる走りをしたい」というマインドの変化によって、伴走者を志望する人も増えてきたのではないかと考えています。いまでは、毎月都内で開催している練習会においては、伴走希望の参加者が100名を超えるなど、注目度の高まりを実感しているところです。

伴走者は1選手あたり、6人から7人がついています。遠征や合宿もありますが、全員が全員、職場や家庭の理解を得て休みをとれるわけではないので、普段の練習のことを考えると、それくらいの人数は必要になります。伴走者は選手よりも速く走れなくてはいけませんが、ランナーのタイムがどんどん縮まっているので、伴走者の選考も難しいのが現状です。そのため、箱根駅伝経験者や実業団ランナーを伴走者として登録することも。こうした背景により、最近は国際大会に帯同する伴走者にも走力の制限を設けるなど、ハードルを高くしています。

また、ランナーと伴走者は年に20回前後の合宿で一緒に過ごしますし、パラリンピック期間中は3週間近く朝から晩まで生活をともにすることになるので、足が速いだけではなくランナーとの相性も大切。というのも、文字通りブランドマラソンは伴走者と二人三脚のレースです。これまで、伴走者の不調で断念せざるを得なかったレースもありますので、ランナー以上に細心の注意を払っていかなくてはいけません。

純粋にスポーツとして楽しめるところがブラインドマラソンの魅力

とりわけ2016年以降、日本選手のタイム更新は目覚ましく、続々と歴代記録が塗り替えられています。現在、男子のT12クラス(視力は光覚から0.03まで、または視野直径10度未満、伴走有無は選択)では、岡村正広選手が2時間24分42秒を出すなど、健常者とくらべても引けを取らない走りをみせています。

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協力して同じ目標を目指す素晴らしさを感じて欲しい(安田理事)

よく「ブラインドマラソンの見どころとは?」と聞かれるのですが、健常者のマラソンと変わらないと思っています。特別なルールがないからこそ、健常者のマラソンを楽しむように楽しんでもらいたいです。強いて言えば、ランナーと伴走者が一心同体で頑張っているところですね。ブラインドマラソンも伴走者がいてこそ走れる競技です。この特性から、人が他人と協力して同じ目標を目指すことの素晴らしさを感じ取ってもらえるはずです。

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ブラインドマラソンは、支えあうことで成り立つ競技

ブラインドマラソンのランナーは、一人では夢を叶えることはできません。でも、それはどんなスポーツにも共通していますし、スポーツから離れた日常においても同じことが言えます。誰かの支えがなくては、私たちの暮らしは成り立ちません。ブラインドマラソンは「当たり前のようだけど日々見落としがちなこと」をあらためて気づかされる競技ではないでしょうか。

また、視覚に障がいがあると、外に出ることや身体を動かすことをためらいがちな人も多く、運動不足に陥る人も多いのです。そうした人たちに、思いっきり走ることの楽しさを知ってもらえたらと思います。東京2020パラリンピックでこのスポーツが広まるチャンスであり、ブラインドマラソンへのトライを志すランナーも伴走者も増えることを期待しています。

日本ブラインドマラソン協会(JBMA)では、各地で実施している視覚障がいの方や伴走者の方向けの練習会の情報を以下のページで紹介しています。

日本ブラインドマラソン協会の伴走練習会のページ外部サイトを新しいタブで開く

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