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富山県

地域がつくってきた「ハンドボールの聖地」氷見市の歴史

2018年02月27日

写真:体育館でハンドボールを手にとる様子

ハンドボールの聖地と呼ばれる富山県氷見市。幾多の強豪チーム、強豪選手を輩出した氷見市のハンドボールには、60年以上の歴史があります。今回は、氷見市ハンドボール協会・副会長の姿豊晴さんに、氷見市でどのようにハンドボールが発展していったのか、ご自身のハンドボールとの関わりも交えて語っていただきました。

ハンドボール普及の礎を築いた一人の教員

氷見市のハンドボールが普及しはじめたのは、戦後間もない頃からです。昭和25年(1950年)に、氷見高校がインターハイに初出場したことで、さらに発展しました。そして、昭和29年(1954年)には、氷見市ハンドボール協会が発足します。

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氷見市ハンドボール協会・副会長の姿豊晴さん

今の氷見のハンドボールにつながる、もっとも大きな出来事は、昭和33年(1958年)の富山国体ですね。氷見市がハンドボールの会場になったんです。しかも、氷見高校男子ハンドボール部が高校男子の部で優勝しました。盛大な優勝パレードが行われて、地元は盛り上がりました。その当時、氷見高校を優勝に導いた監督が金原至(かなはら・いたる)先生です。

金原先生は、日体大のハンドボール部でキャプテンも経験した方です。氷見高校に教員として赴任して、ハンドボール部を指導されてきました。また、金原先生は、小学校をまわってハンドボール教室も開いていたんです。実は、そのハンドボール教室が、私(姿さん)とハンドボールの出会いです。金原先生に、「君、うまいねぇ」と言われたのは、うれしかったですね(笑)

金原先生はハンドボール普及のために、子どもの頃から触れる機会をつくろうとしたんでしょうね。私も(ハンドボール教室参加をきっかけに)中学からハンドボールをはじめました。氷見高校、日体大と進学して、ずっとハンドボールをやっていました。金原先生は、いまの氷見市のハンドボール普及の礎を築いた方だと思いますね。

裾野を広げた少年少女ハンドボール大会

私は、教員志望だったので、日体大を卒業後、富山に戻って小学校で教師になりました。昭和52年(1977年)です。その頃、氷見市は「ハンドボールの街」でした。氷見高校の国体三連覇も、その時期です。

写真:全国制覇した時の新聞スクラップ

小学生の男女チームも全国制覇するほどレベルが高い

私も小学校の教員をしながら、ハンドボールの指導をしていました。これは学校のクラブ活動ではなく、「社会体育」としてのチームです。そんな中、先輩の山貫先生と相談して3つの小学校のチームを集めて、ハンドボール大会を開催することにしました。それが、昭和55年(1980年)の第1回少年少女ハンドボール大会です。会場は、氷見高校を使わせてもらったんです。

この大会の影響も多少はあったかもしれませんが、この後に「ちびっこハンドボール」として市協会員の努力もあり、小学生にも広がっていきました。この「ちびっこハンドボール」の普及によって、保護者も巻き込み、ハンドボールは市民の競技になっていったんですね。競技の裾野は広がっていったと思います。

地域をあげて盛り上げる「春中」

私が氷見市立西部中学校に勤務していた、平成16年(2004年)頃、総務省がスポーツによる地域振興を推進しはじめました。それで、「富山はハンドボールだろう」ということになりまして。当時、富山県ハンドボール協会長だった金原至先生は、「春に全国のチームが出場する中学生のハンドボール大会を氷見市で開こう」と発案されたんですね。それが、「春中(春の全国中学校ハンドボール選手権大会)」のはじまりです。

写真:西條中学男子ハンドボール部が春中で優勝した時の新聞スクラップ

ビューティフルジャパンが注目した西條中男子ハンドボール部も「春中」と「全中」で優勝した

最初は、困りましたね(笑)。というのも開催は3月です。3月と言えば、卒業式もあるし、教員の異動時期でもあります。そんなときに大会をやるのかと。それでも金原先生は、「氷見市をハンドボールのメッカにするんだ」とおっしゃってました。結果的に、氷見市が全面的にバックアップすることとなり、2006年に第1回大会を開催。その後も「春中」は続き、今年(2018年)の3月で13回大会を迎えました。いまでは全国の中学生が「春中を目指す」と言われるほどの大会となっています。

この「春中」は、氷見市をあげての一大イベントなんです。たとえば、全国から来たチームは、氷見市の各町で応援します。そのチームが試合に出るときは、町の応援団が駆けつけるんです。だから、地元チームと試合する相手を地元のサポーターが応援するなんてこともあるんです(笑)。開会式では、地域のアイドル「寒ぶりっ娘」も登場し、地元中学の生徒と卒業生からなる吹奏楽団「ムジカグラート氷見」もマーチングで参加します。「春中」は、地域住民が一体となって盛り上げる大会なんです。

写真:インタビューに答える姿さん

姿さんも40年にわたって氷見市のハンドボールを支えてきた

「春中」は、大会だけではないんです。期間中、各チームの練習試合を組みます。トーナメントで負けてしまったチームもそこで終わりではなく、何試合もできるんです。しかも相手は、当然全国から来た代表チームです。この練習試合は、大会はもちろん、選手たちのレベルアップにもつながっていると思いますね。事務局は大変ですが、こんなことをしている大会は他にないですよ(笑)。ぜひ一度、「春中」を見にきていただきたいですね。

なお、氷見市には五つの中学校がありますが、サッカー部がないんです。バスケ部も、2校しかないのです。その点、ハンドボールは、保護者の経験者も多く、地元出身選手が指導者として戻ってくることもあります。小学校から高校まで、ここまでハンドボールが普及したのは、これまでの地域での取り組みがあったからです。実はスポーツとしては野球も盛んな地域なのですが、やっぱり氷見と言えばハンドボールですね。

動画へ

インタビュー映像

氷見市立西條中学校男子ハンドボール部の選手と顧問が、型にはまらない自由なプレーを語る。

YouTube 動画:自由に、自分で、考える。それが僕たちのプレー。 富山・ハンドボール篇 再生する

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