読めば、あなたも既に持っている “しあわせ” に気付く

Our Life〜こころが動く4つのショートストーリー〜
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四度目の第一歩

はらり
使い古しのビジネス手帳から一枚の写真が膝の上に落ちた。
妻と初めての旅行先で撮った記念写真。もう四十年以上も前のものだ。
はて、この写真は、手帳の表紙ポケットに入れておいたはずだが……。
思い出を忘れないように、と常に携帯することに決めたものの、日々の忙
しさに押し込められて、その思いが霞んでしまっていたのを示唆するかの
ように、メモ紙やら何やらが上に重なり、随分と長いこと見返すことがな
かった。

……若かったな。
私が買った初めての車で行った旅行。あの時代ナビなんて便利なものは存
在していなくて、助手席の妻が必死に読めない地図帳をめくりながら、
あっちだこっちだと二人で迷いながら進むものだから、予定より二時間も
遅れて目的地についた。
けれども、二人で力を合わせて辿り着いたこの景色は、私達の掛け替えの
ない思い出となった。

はらり
使い古しのビジネス手帳から一枚の写真が膝の上に落ちた。
妻と初めての旅行先で撮った記念写真。もう四十年以上も前のものだ。
はて、この写真は、手帳の表紙ポケットに入れておいたはずだが……。
思い出を忘れないように、と常に携帯することに決めたものの、日々の忙しさに押し込められて、その思いが霞んでしまっていたのを示唆するかのように、メモ紙やら何やらが上に重なり、随分と長いこと見返すことがなかった。

……若かったな。
私が買った初めての車で行った旅行。あの時代ナビなんて便利なものは存在していなくて、助手席の妻が必死に読めない地図帳をめくりながら、
あっちだこっちだと二人で迷いながら進むものだから、予定より二時間も遅れて目的地についた。
けれども、二人で力を合わせて辿り着いたこの景色は、私達の掛け替えのない思い出となった。

Strada

今日が定年退職の日。
四十年近くを勤め上げた通勤の日々も、最後になる。
今まで我武者羅に走ってきた。脇目も振らず走り続ける日々の中で、私は
いつしかこの思い出の景色を道中に落としてしまったのかも知れない。
夫として、父親として、役割を果たそうと自分なりの努力はしてきたつも
りだが、やはり家庭の事となると妻の負担が大きかっただろう。仕事は男
の本懐だ、という手垢のついた逃げ口上をいつしか自分の信念と思い込ん
でいた。
明日から仕事はない。息子が自立してからは特に、お互い大きく干渉する
ことなく、それぞれの毎日を過ごしている感覚が強かった。
急に毎日家にいるようになる私は、妻と以前の夫婦に戻れるのだろうか。
あの頃の写真を見て自責の念が芽生えたのか。そんな悶々とした考えが頭
から離れなかった。

「おとうさん、定年おめでとう。お疲れ様でした」
家に帰ると、妻がちらし寿司を用意して待っていてくれた。息子が帰省し
てくるのは週末だから、本格的なお祝いはその時になる。
今晩は豪華すぎず、質素すぎず。二人で過ごすのに丁度良い晩餐だ。
(こんな私に、ありがとう……)
微笑みながら正面に座る妻の顔を見ていると、さっきまでの自分の悩みが、
なんだが独りよがりで愚かなものに思えてきた。
「かあさ……和子」
あら珍しい、と驚いた妻からの、名前で呼ぶなんて何年ぶり? と言う問
いかけに答える代わりに、こう言った。

「この写真の場所。もう一度行ってみないか?」

私は、どうすれば以前の夫婦に戻れるのか? そんな風にばかり考えてい
た。でも「戻る」 必要なんてどこにもない。
私たちは、恋人から始まり、夫婦になって、二人で一緒に親になった。
その度、色々な環境の変化があったけど、その瞬間、その瞬間に戸惑いな
がらも、一から向き合い進んできた。
今回だって同じだ。一緒に、これからの二人の形を探していけばいい。

今日が定年退職の日。
四十年近くを勤め上げた通勤の日々も、最後になる。
今まで我武者羅に走ってきた。脇目も振らず走り続ける日々の中で、私はいつしかこの思い出の景色を道中に落としてしまったのかも知れない。
夫として、父親として、役割を果たそうと自分なりの努力はしてきたつもりだが、やはり家庭の事となると妻の負担が大きかっただろう。仕事は男の本懐だ、という手垢のついた逃げ口上をいつしか自分の信念と思い込んでいた。
明日から仕事はない。息子が自立してからは特に、お互い大きく干渉することなく、それぞれの毎日を過ごしている感覚が強かった。
急に毎日家にいるようになる私は、妻と以前の夫婦に戻れるのだろうか。
あの頃の写真を見て自責の念が芽生えたのか。そんな悶々とした考えが頭から離れなかった。

「おとうさん、定年おめでとう。お疲れ様でした」
家に帰ると、妻がちらし寿司を用意して待っていてくれた。息子が帰省してくるのは週末だから、本格的なお祝いはその時になる。
今晩は豪華すぎず、質素すぎず。二人で過ごすのに丁度良い晩餐だ。
(こんな私に、ありがとう……)
微笑みながら正面に座る妻の顔を見ていると、さっきまでの自分の悩みが、なんだが独りよがりで愚かなものに思えてきた。
「かあさ……和子」
あら珍しい、と驚いた妻からの、名前で呼ぶなんて何年ぶり? と言う問いかけに答える代わりに、こう言った。

「この写真の場所。もう一度行ってみないか?」

私は、どうすれば以前の夫婦に戻れるのか? そんな風にばかり考えていた。でも「戻る」 必要なんてどこにもない。
私たちは、恋人から始まり、夫婦になって、二人で一緒に親になった。
その度、色々な環境の変化があったけど、その瞬間、その瞬間に戸惑いながらも、一から向き合い進んできた。
今回だって同じだ。一緒に、これからの二人の形を探していけばいい。

Strada

思い出の場所へ向かう車中。
バックミラー越しに後ろを走る若いカップルの姿が目に入る。
確か、私たちも一緒になったのはあのくらいの年齢だったな。
そんな感慨にふけっていると、ナビが一時停止の案内を出し、私はブレー
キを踏んだ。

こちらに頭を下げながら道路を渡っていく釣竿を持った子ども連れの家
族。
元気そうな男の子、息子が小さかった頃を思い出すなぁ。
なんだか、今回の旅は思い出がリプレイされているようだ。

助手席で、例の写真を慈しむように見つめる妻に、実は気になっていたこ
とを尋ねてみる。

「そういえば、その写真。手帳の表紙ポケットに入れてたはずなんだが、
退職の日のページに挟まっていたんだ。……なんでだろうな?」

「さぁ? なんででしょうね」

悪戯っ子のように笑う妻の顔を見て、この女性(ひと)となら大丈夫。
私は、そう確信した。

思い出の場所へ向かう車中。
バックミラー越しに後ろを走る若いカップルの姿が目に入る。確か、私たちも一緒になったのはあのくらいの年齢だったな。
そんな感慨にふけっていると、ナビが一時停止の案内を出し、私はブレーキを踏んだ。

こちらに頭を下げながら道路を渡っていく釣竿を持った子ども連れの家族。
元気そうな男の子、息子が小さかった頃を思い出すなぁ。
なんだか、今回の旅は思い出がリプレイされているようだ。

助手席で、例の写真を慈しむように見つめる妻に、実は気になっていたことを尋ねてみる。

「そういえば、その写真。手帳の表紙ポケットに入れてたはずなんだが、退職の日のページに挟まっていたんだ。……なんでだろうな?」

「さぁ? なんででしょうね」

悪戯っ子のように笑う妻の顔を見て、この女性(ひと)となら大丈夫。
私は、そう確信した。