2度の「世界初」を実現したパナソニックのものづくり「エネチャージシステム」開発秘話
エオリアには、室外機に「エネチャージシステム」が搭載されているシリーズがあります。
その開発の裏側について、携わった4名のメンバーに聞きました。
目次
山本 憲昭
パナソニック株式会社 空質空調社
住宅システム機器事業部
太田 雅也
パナソニック株式会社 空質空調社
住宅システム機器事業部
松原 慶明
パナソニック株式会社 空質空調社
住宅システム機器事業部
足達 健介
パナソニック株式会社 空質空調社
住宅システム機器事業部
エアコン暖房にとって避けては通れない宿命「霜取り運転」
室外機に霜がついてしまうのは、どんなエアコンにとっても、暖房中は必ず悩みのタネとなる大きな課題。パナソニックでは、エネチャージシステムが発明される前から、試行錯誤を繰り返していました。
冬の暖房時、エアコンが勝手に止まる原因は?
「霜取り運転」について解説
一般的なエアコンでは、室外機の熱が「捨てられている」って本当?
エアコンは室外機にあるコンプレッサーが心臓部と言われています。運転をONするとこのコンプレッサーが高速で動き出し、冷媒※を圧縮。この際にコンプレッサー自体も高温になり、生み出される熱で圧縮機の温度は80℃を超えることも。
エネチャージシステムのような機構を搭載していないエアコンにおいては、この熱は自然放熱、つまり外気中に「捨てられて」しまっています。
※冷媒とは:エアコン室内機と室外機を行き来して、熱を運ぶガスのこと。部屋の空気を暖めたいときは、冷媒を圧縮し、ガス状態から液体に変えて周囲に熱を放出します。部屋を涼しくしたいときは、圧力を下げて冷媒を膨張させ、液体からガス状態に戻して周囲の熱を奪います。
捨てられていた熱を有効活用する「省エネ」発想が原点
かつてパナソニックでは、室外機についた霜を溶かすために室外機内部にヒーターを搭載していたことがありました(2005年 Rシリーズ)。しかし、ヒーターのみの熱エネルギーで霜を溶かすには、多くの電力を消費します。電気代が上がってしまうというデメリットを克服すべく、「ヒーターレスで霜取り運転ができないだろうか」という発想がエネチャージ開発スタートのきっかけとなりました。
そこで着目したのが、コンプレッサーから捨てられていた熱エネルギー。このエネルギーをもっとうまく活用できれば、ヒーターを搭載しなくとも、より快適な暖房運転を、より少ないエネルギーで実現できるのではないかと考えたのです。パナソニックでは「まだ見ぬ世界初のしくみを毎年のように生み出そう」という活気にあふれており、エネチャージの開発も、世界初の技術誕生を目指したプロジェクトのひとつでした。
まずは世界初の技術、
初代エネチャージの誕生秘話から
熱を蓄えるために、候補にあがったのは「水」?
エネチャージシステムの開発がスタートした2009年頃、日本全国で見たルームエアコンの普及率は約88%まで達していました。しかし、北海道や東北をはじめとする気温の低い地域では、依然として石油ストーブを暖房として利用する家庭が多く、暖房器具としてのエアコンの魅力を寒い地域の方々にももっとお伝えできないか、という想いも、エネチャージの開発を後押ししました。
山本:
室外機についた霜を溶かすには、少なくとも1000Wのヒーターを5分点け続けるのと同じくらいのエネルギー量が必要であることは、過去の機種の経験から、すでに分かっていました。ヒーターのない環境で、コンプレッサーの排熱から、どのように必要な熱量を外に逃がすことなく蓄えておけるか。ここがポイントになりました。
現在のエネチャージは、このような形で、コンプレッサーを包み込むような形をした樹脂製の蓄熱槽に「蓄熱材」を充填しています。コンプレッサーから放熱された熱を、一度この蓄熱槽に蓄えるしくみになっています。
蓄熱材にどのようなものを使うかによって性能が左右されてしまうわけですが、はじめに基準としたのは、意外にも「水」だったんですよね。実は、水は比較的熱を蓄えておきやすい素材です。実際には、水を基準に比較検討を重ね、寒冷地のような環境下でも使用可能な不凍液を採用しています。
山本:
蓄熱材は、素材の選定だけでなく、その取り付け方も試行錯誤しました。より少ない量の蓄熱材で、より多くの熱を蓄えられるのが理想なのですが、初めは、コンプレッサーをそのまま水槽に沈めるところから始まり、形状や方式を変えながら、どの方法が一番熱を効率的に蓄えられるのか、色々な方法を試しました。コンプレッサーと蓄熱槽の間に特殊なシートを挟み、密着させて、しっかり熱を蓄熱槽に伝えながら、同時に振動するコンプレッサーの防音にも一役買っています。
エネチャージは、蓄熱槽の中に冷媒が通っている銅管をくぐらせることで、熱交換器に熱を送って霜を溶かします。熱を蓄えるだけではなく、熱を取り出すスピードも重要になってきます。ここでも、基準となったのは「水」でした。水は、空気と比べて20倍以上熱伝導率がよい素材です。その特性を利用しながら、蓄熱材と熱交換器の熱交換が効率良く出来るように、熱交換器の形状も工夫しています。
実際の環境よりも厳しい試験でも一苦労
山本:
蓄熱材が決まり、蓄熱材の取り付け方も決まり、それでもまだ完成というわけにはいきません。どのような地域にお住まいの方でも広くお使いいただくことを想定した商品でしたので、当然、寒い地域のような環境でも実際に機能するかを確かめなければなりませんでした。マイナス7℃にもなるような試験環境の中で、室外機にわざと霜をつけるため、震えながら霧吹きで室外機に大量の氷を付けたりしました。エネチャージが初めての開発だったため、こういった試験も当時は初めての試みでした。
実験室での評価を重ねたものの、実環境では大丈夫かと不安に感じていました。しかし、時にはマイナス15℃にもなる北海道の帯広にある実験住宅で、実際にエアコンを運転させて試験した際は、屋外は極寒にもかかわらず、しっかり部屋を暖められていました。霜を溶かした水も凍らず流れ続けているのを見て、エネチャージによる霜取り運転がうまく作動していると安心できました。
2010年:今まで捨てられていた熱を、つかう熱へ。
世界初★1の技術「エネチャージシステム」が誕生
試行錯誤の末、不凍液で満たした蓄熱槽をコンプレッサーに密着させ、そこに蓄えた熱を利用して室外機の霜取りに活用するという、世界初★1の画期的な技術が誕生しました。霜取り運転中も止まることのない暖房運転が可能なエアコン。この特長が市場に広まるにつれて、エアコンを熟知する専門店からも「すごい技術だ」と高く評価されていきました。
★1:家庭用ルームエアコンにおいて。コンプレッサーからの排熱を顕熱蓄熱してノンストップ暖房をするシステム(当社調べ)。2010年10月21日発売。
2012年:想定を超えた大寒波によって「暖房が止まる」というご不満が頻発
極寒環境でも機能するための「進化」を求められた
2010年に発売された以降も進化を続け、2012年発売のエアコンにも搭載されていたエネチャージ。しかし、当時の大寒波の際、北海道をはじめとする極寒冷地や、湿度が高く着霜量の多い東北・北陸などの地域では、コンプレッサーからの熱量だけでは霜を溶かしきれず、室外機に霜が溶け残ったり、暖房が止まったりという現象が数件、発生しました。
「暖房が止まらない」ことが自慢だったエネチャージですが、想定を超えた極寒環境においても暖房が止まらない霜取り運転を実現すべく、新たなモデルの開発に着手したのです。
太田:
2013年モデルは、エネチャージに「基板凍結防止ヒーター」を追加したモデルでした。エネチャージだけでは溶かしきれないほどの霜がついた際は、従来の四方弁を切り替え冷房運転で霜取りをさせる方式となるよう対応していました。しかし、それでは霜取り運転時に暖房が止まってしまう。そこで、もっと多くのお客様に満足いただけるような新しいエネチャージを開発することになりました。
ポイントとなったのは、不凍液を充填した従来の蓄熱槽に変わる、新たな蓄熱槽の選定です。目をつけたのが、アルミ。アルミは、鉄と比べて熱伝導率が約2.8倍高くなります。
加えて、他の金属と比べて加工もしやすいことが決め手になりました。新しいエネチャージは、アルミ蓄熱槽の中にU型のヒーターを埋め込んでおり、エネチャージの蓄熱量だけでは溶かしきれないほどの霜がついている場合、コンプレッサーの廃熱利用をしつつ、ヒーターでさらに加熱することで霜をしっかり溶かしきる構造を採用しています。(ハイブリッドエネチャージ)
2015年:「アルミ蓄熱槽」と「冷媒加熱ヒーター」を新搭載
2つの熱源を持つ「ハイブリッドエネチャージシステム」誕生
太田:
基本的なしくみは従来のエネチャージと同じです。このようにコンプレッサーにアルミの蓄熱槽を密着させることで熱を蓄えます。加えて、もし熱量が足りない場合は、アルミ蓄熱槽の中のヒーターが稼働して、しっかり霜を溶かしきります。
このヒーターを取り付けるのも苦労しました。熱を発するものなので、温度が上がりすぎると発火のリスクもあります。実際、現在の構造が確立する前の試作中には、防音材から煙が出てしまったこともありました。
松原:
最終的に形になったモデルは、3重の安全対策を施しています。まずアルミ蓄熱槽の温度が上がりすぎたときはセンサーで検知してヒーターをオフに。もし、センサーが外れ、断線などで検知が出来ず温度が上がり続けるようなことがあれば、次は本体の運転自体を止める。そして、それでも温度が上がり続ける場合には、保護装置のヒューズが切れてヒーターの通電を遮断するという対策がされています。
室外機内部に搭載された
ハイブリッドエネチャージ
黒いコンプレッサーに
アルミ蓄熱槽が密着している
全国各地でフィールドテストを実施
日本のどこでも、確かな暖房性能を確認しています
太田:
エアコン暖房は室外機から冷たい風を吹き出しており、このとき室外機の熱交換器はとても冷たくなっている為、そこを通る空気中の水分が凍って霜が付きます。
霜のつきかた(着霜)は、気温や湿度(空気中の水分の割合)、地域などによって変わります。
たとえば、気温がマイナス7℃近くになるような地域では、湿度が少ないため霜の粒が小さく、熱交換器の奥まで吸い込まれて付着します。気温がもう少し高い場合や、沿岸など湿気が多い地域では、霜の粒が大きくなり、熱交換器の手前側(表面)を塞ぐように、びっしりと霜が付着します。霜が多く付くと空気を吸い込めなくなり、暖房する力が弱くなる為、霜を溶かす霜取り運転を行います。
どのような霜が、どのようについても、溶かせなければならないので、このように日本各地で実地試験を行っています。必ずしも寒い地域だけではなく、たとえば東京や大阪でも、霜は付着しますしね。
ハイブリッドエネチャージ搭載のエアコンの99%が、
エネチャージシステムで「ノンストップ暖房」を実現しています。
2022年2月に暖房利用のあった機器を対象に調査を実施しました(期間:2022/2/1~2/28)。フル暖UXシリーズは、一般地に比べより外気温度が低い環境にも関わらず暖房を止めることなく、エネチャージを活用した霜取り運転が動作しています。
ハイブリッドエネチャージシステムの場合
(フル暖モデル 21UX/22UXシリーズ)
対象期間に暖房運転をしたエアコンのうち、約99%が
ハイブリッドエネチャージを活用して、
暖房を止めずに霜取り運転ができていたことを確認。
現在のエネチャージは、試行錯誤を重ねて
2形態にたどり着いています
2011年モデルから搭載されたエネチャージですが、改良を重ねた結果、現在では「一般地向け」と「寒冷地向け」に、それぞれ異なるエネチャージが搭載されています。最新のスタンダードモデルには「エネチャージシステム」、暖房強化モデルには「ハイブリッドエネチャージシステム」が搭載されています。
2020年:2度目の「世界初★」
エネチャージを、暖房だけでなく冷房にも活用
★国内家庭用エアコンにおいて。コンプレッサーからの排熱を顕熱蓄熱してノンストップ暖房をするシステム。2022年8月23日現在。(当社調べ)
パナソニックは、熱を蓄えておける従来のエネチャージの技術を暖房だけでなく、冷房にも活用できないかという「逆転の発想」に挑戦しました。エネチャージの原理を応用し、冷えすぎた場合には室外機内の排熱で緩やかに温めることで、安定してエアコンを稼働させるようにしたのです。
最新のエネチャージには、
エアコンの常識に反した驚きの技術を採用
足達:
まず前提のお話からですが、エアコンは、冷媒をガス状態にしたり、液体状態にしたりすることで生じた熱を暖房/冷房運転に活用しています。本来、冷房運転中は、冷媒がガス状態でコンプレッサーに戻ってくるように設計するのが常識です。液体状態で戻ってきてしまう場合は、一般的にはいわば「失敗状態」で、まだ冷房に活用できるパワーを残した状態で元の場所に戻ってきてしまっていることになります。
ただ、従来のエアコンは、冷媒をしっかり使い切って冷房をすることで、冷やしすぎてしまうことがありました。さらに、エアコンをオンにしているとずっと冷やし続けてしまうので、冷やしすぎを抑えるために一度運転を止め、結果的にまた室温・湿度が上がってしまい、不快に感じてしまうこともありました。細かく電源のオン/オフを繰り返すので、消費電力にもムダが生じる原因になっていました。
足達:
現在のエネチャージは、冷やしすぎて運転を止めて、運転を再開するとまた冷やしすぎて、また運転を止めて・・・という非効率な「オン/オフ繰り返し運転」を抑えるために、わざと冷媒を部分的に液体状態で室外機に戻し、蓄熱槽で少し暖めてから、コンプレッサーへ戻します。こうすることで、いままではできなかった「トロトロ運転」が可能になり、より安定的に冷房運転をすることができるようになりました。運転のオン/オフを繰り返すこともないので、従来よりも消費電力量が10%省エネ*1になっています。
温度変化の違い(冷房安定時 設定温度25℃の場合)
冷房をつけているはずなのに
運転オン/オフを繰り返して不快な温度に
設定温度をキープ。
運転オン/オフの低減で約10%*1省エネ
しつど変化の違い(冷房安定時)
設定温度に達した後、しつどは緩やかに上がり続け、
蒸し暑く感じることも
設定温度に達しても湿度をキープ
*1:CS-X404D2において、当社独自の条件により評価。安定運転時約1時間の積算消費電力量が、当社従来品CS-X400D2=297Whと、新製品CS-X404D2=269Whとの比較。消費電力量約10%省エネ。※1 実際の消費電力量は条件により異なります。
※1:CS-X404D2、冷房安定時の測定例。当社環境試験室(約14畳)、外気温35℃、体感温度25℃が得られるように設定。
エネチャージのさらなる普及によって目指す社会とは
松原:
今後エアコンのさらなる性能強化が進めば、室外機は大型化します。すると付着する霜の量も増えることが予想され、霜取り運転時の熱量が不足する懸念があります。柔軟な発想で、時には常識をも覆し、新しい技術を生み出していきたいですね。エネチャージの霜取り運転を、さらにパワーアップさせていくのか、それとも、そもそも霜がつかないような構造のしくみを考えるのか、やり方はいろいろあると思います。
足達:
最近では、北海道でも夏場は気温がかなり高くなります。エアコンの普及率が低い地域では、熱中症になる方も多いようです。エネチャージ搭載で、安定的にパワフル暖房ができるエアコンを知ってもらうことで、夏も冬もエアコンをもっと活用いただければと願っています。
また、寒冷地にヒートポンプ技術を活用したエアコンのような暖房器具を普及させることは、脱炭素の流れからしても社会的なテーマと言えると思います。
エネチャージシステムが誕生してから、10年以上が経過しました。エアコンをいかに長く大切に使い続けていただくか、常に考え続けてきた想いの積み重ねが、エネチャージのような「パナソニック クオリティ」につながっています。お客様のくらしに、よりよい空気質をお届けできるよう、開発者たちの挑戦はこれからも続いていきます。