東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会選手村

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この記事は、日経BPの未来コトハジメ「社会デザイン研究」に掲載したものの転載です。記事の内容はすべて本稿初出時当時のものです(本稿の初出:2021年09月16日)。

この記事を要約すると

  • 東京2020大会開幕に向け、快適な空間を目指した選手村が開村
  • 猛暑の中、「きれいな空気」を作るエアコンが活躍
  • 空気自体を洗う「ジアイーノ」を東京2020大会関連施設に設置
  • 既に目線は「東京2020大会後」へ、真価が問われるのはここから

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の選手村が7月13日、開村した。世界中から来日する選手やスタッフの居住エリアとして、東京2020オリンピックでは1万8000ベッド、パラリンピックでは8000ベッドを用意し、競技に集中できるよう快適な環境を提供する。特に猛暑が予想される東京では、温度や湿度のコントロールは不可欠だ。快適な空気という「おもてなし」を実現するパナソニックの技術が、選手村でも活躍した。

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会選手村で「快適な空気」のおもてなし

選手村ではリラックスできる快適な空間を

「選手村に来ていただいたアスリートの皆さんが、競技に集中して最高のパフォーマンスを発揮できるよう、リラックスできる快適な空間を目指しました。選手が自国に帰る時に『選手村に来てよかった』と感じていただければと思います」。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 選手村整備担当課長 近藤好信氏はそう語る。

東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 選手村整備担当課長 近藤好信氏

東京・晴海にある選手村は敷地面積44ha。選手が生活する「居住ゾーン」、選手村運営に必要な機能を集約した「運営ゾーン」、選手の生活を支える店舗がそろう「ビレッジプラザ」に分かれている。居住ゾーンには地上14~18階建ての居住棟21棟のほかメインダイニングホール、フィットネスセンターやレクリエーションセンター、総合診療所などがある複合施設、公園も備える。

ⒸTokyo 2020 / Shugo TAKEMI 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の選手村全景

居住棟には約3800戸の住戸(1~8名利用)があり、それぞれの住戸には寝室とユニットバスのほかコモンルームも備わっている。寝室はシングルルームで9㎡以上、ツインルームで12㎡以上を確保している。選手に居室でリラックスして過ごしてもらうために重要視した設備のひとつとしてエアコンがあげられる。「高温多湿な日本の真夏の開催ですから、当然、暑さが問題になります。宿泊する方に快適に過ごしていただくためには、空調をきちんと整備することは必須でした」(近藤氏)。

選手村「居住ゾーン」の一画

選手村の部屋に設置されたルームエアコンは約1万5000台。実は、すべてパナソニックのナノイーX搭載型エアコンが使われている。空気中の花粉、カビ菌などを抑制し、室内の脱臭を実現するナノイーX搭載型は、「きれいな空気」にこだわるホテルなどでも導入が相次ぐ。「日本の『おもてなし』として、できることは何か。また、トップスポンサーとして、どれだけのことができるのかを考えた時、ナノイー搭載エアコンしかないと思いました」。2014年からパナソニック東京オリンピック・パラリンピック推進本部で選手村プロジェクトを率いる辻本純一主幹はそう言い切る。

ナノイーX搭載エアコンの室外機の画像です。ⒸTokyo 2020 / Shugo TAKEMI 部屋にエアコンの室外機が配置されているナノイーX搭載エアコンの室外機の画像です。ⒸTokyo 2020 / Shugo TAKEMI 部屋にエアコンの室外機が配置されている

選手の潜在ニーズ調査から、浮上した空気の重要性

カルガリー1988オリンピックから30年以上トップスポンサーとして支えてきたパナソニックだが、選手村のサポートを組織的に取り組むのは今大会が初めて。当初、選手村に関する情報はほとんどなかった。まずはどのような設備が入っているのか、課題は何か、情報を集めるところからスタート。ロンドン2012、リオ2016の選手村建設に携わった現地のスタッフに話を聞くとともに、北京2008大会以降に入村したことのある日本人選手・スタッフ十数人にヒアリングした。その結果、選手村では練習と食事以外、ほとんどの時間を部屋で過ごす選手が多く、部屋の環境が非常に重要だということが分かったという。

「高温多湿の東京2020大会ではエアコンが重要な設備になるであろうことは、その時点で想像できました。冷やすことはもちろん大切ですが、においや空気といった部分に対しても我々が持っているナノイー技術を使って、選手の皆さんをサポートすることができるのではないかと考えたのです」(辻本氏)

パナソニックが1997年から研究を開始したナノイーは、水に包まれた微粒子イオンのことだ。空気中の菌やウイルスの水素を抜き取り、それらの働きを抑制するOHラジカル(高反応成分)がふんだんに含まれている。

パナソニック株式会社 東京オリンピック・パラリンピック推進本部 選手村プロジェクト 主幹 辻本 純一 氏

改良の末、2016年に誕生したナノイーXはナノイーの約10倍のOHラジカルを保有。ナノイー/ナノイーXは、一般的な空気イオンに比べて寿命が長く、潤いが多いのが特徴。菌・ウイルス以外にも、カビの抑制、花粉の抑制、タバコやペット、汗ほかの生活5大臭の脱臭、PM2.5に含まれる有害物質の分解、アレル物質(ダニや動物、菌由来などのよるもの)の抑制、美肌・美髪などに効果があるとされる。目に見えなくても「清潔できれいな空気」は、安心感につながる。ナノイーの約10倍のOHラジカルを保有したナノイーX。効果は目覚ましく、一例として以下の主要なアレル物質の抑制を新たに実証済みである。

ナノイーX アレル物質抑制効果
ダニ コナヒョウヒダニ・ヤケヒョウヒダニ
木花粉 スギ・ヒノキ・ハンノキ・シラカンバ
草木花粉 カモガヤ・オオアワガエリ・ブタクサ・ヨモギ
真菌 アルテルナリア(ススカビ)・アスペルギルス(コウジカビ)・カンジダ・マラセチア
動物 イヌ(フケ)・ネコ(フケ)
昆虫 ゴキブリ・ガ

選手村のエアコンについては、開催都市契約等に基づき、組織委員会が必要とする仕様に合致する製品をスポンサー企業が供給可能な場合は、スポンサー製品を優先して使用することになっていた。組織委員会の要求と予算範囲は温度湿度を調整できるルームエアコンであったが、パナソニックが考える選手への最高のおもてなしとして「温度湿度の調整だけでなく、更にきれいな空気を提供する」という熱意から、組織委員会の要求、予算を満足しつつ、ナノイーX納入を実現した。

約1万5000台もの台数を供給するにあたっては、全社を挙げた協力体制を敷いて乗り切った。また、環境配慮への観点から選手村設備の再利用を進める組織委員会と東京都の方針により、取り付けと大会後の撤去という2つの工事が必要になる中、すべてグループのエンジニアリング会社に請け負ってもらうことで一元管理ができたことも大きな力になった。さらに、同社のサービス部門と連携し、繁忙期と重なる大会中も故障などにすぐに対応できる体制も整えることができたという。

ナノイーX搭載エアコン。室内機の画像です。

「今回、選手向けにわかりやすい英語版の簡易型取扱説明書を作ってくれたのは事業部です。組織委員会が用意した選手用のアプリの中に入れてもらい、選手がエアコンの操作で困らないように工夫しています。大会直前の限られた時間の中、約1万5000台すべて試運転して、万全の体制で大会に臨むことができるのも、グループを挙げての協力体制の賜物だと思います」と辻本氏はグループの結束力を強調する。

反響大、「ジアイーノ」550台の無償貸与

パナソニックではこのほか、夏季のにおい対策として「ジアイーノ」550台をさまざまな東京2020オリンピック・パラリンピック関連施設に無償モニターとして貸し出している。期間は今年3月から9月まで。選手村の運営施設やビレッジプラザ、大会ボランティアがユニフォームを受け取るユニフォームアクレディテーションセンターなどに設置。

パナソニック独自の技術で開発された「ジアイーノ」は、プールの除菌などに使われる次亜塩素酸を、水と塩を電気分解することで生成。浮遊している菌やにおいを吸引し、本体内部で除菌・脱臭する。さらに家具などに付着した菌やにおいも、気体状の次亜塩素酸を放出して抑制する。放出される次亜塩素酸は空気中の塩素ガスの環境基準より低い濃度で、安全性にも配慮されている。

「空気自体を洗う」という画期的な除菌・脱臭が注目され、売り上げはこの1年半で一気に3倍以上になった。ニーズの高まりを受け、津賀一宏社長(当時)の提案で、東京2020でも「ジアイーノ」で貢献できないか、急きょ検討することになったという。

「最初はニーズがどれほどあるのかわからず、生産能力を考えて500台限定で、組織委員会に募集をかけたところ、予定を上回る548台の応募をいただきました。ニーズに応え、予備機を含め要望のあったところにはすべて届けることになりました」。パナソニック エコシステムズ社 戦略企画本部 経営企画部 主務の辻村優大氏は、予想以上の反応に目を細める。

パナソニック エコシステムズ社 戦略企画本部 経営企画部 主務 辻村優大氏

ニーズがあったのは、人が多く集まる場所や交流が激しい場所、更衣室や会議室、地下などで換気が十分にできない場所など。大会関係者からは、「ジアイーノ」を設置した取り組み自体を評価する声も聞こえてくるという。

「創業以来、空気と水に向き合ってきた私たちの会社はずっと地味な存在でしたが、これほど空気に関する関心が高まっている時期はないと感じています。今後は『ジアイーノ』のような日本発祥のテクノロジーを海外にも展開し、グローバルに社会課題に対してソリューションを提供していきたいと思っています。そういう意味でも、海外の方の反応を知ることができる東京2020大会は絶好の機会となると思います」(辻村氏)

「ジアイーノ」が更衣室に複数台設置されている様子です。
「ジアイーノ」機体の画像です。

さらにオリンピック史上、初めて選手村に導入された温水洗浄便座も、パナソニック製だという。

「日本の先進トイレ文化によるおもてなしです。おそらく人生初体験の方がたくさんいるのではないでしょうか」(辻本氏)

選手村というおもてなしの根幹でも、独自の技術や機器、ソリューションで貢献し、存在感を放つパナソニックだが、既に目線は東京2020大会以後を見据えている。

「ニーズを読み取り、自信を持って提案していくことが、ますます必要とされてくる部分だと思います。東京2020大会を機に社会が抱える課題に向き合い、東京のレガシーを築いていこうということで取り組んできましたが、ここからが逆にスタートだと思っています。当社がこれまで取り組んできたことの真価が問われるのはここから、という意識で次につなげていきたいと思います」。東京オリンピック・パラリンピック推進本部で7年間走り続けてきた辻本氏は最後、そう締めくくった。