髪のダメージを防ぎ、美しい髪への道筋を作る「センシング技術」
美容機器を作るということは、使う人にその効果を届け、幸せを贈ること。パナソニックのそんな思いが、追風寛歳というスペシャリストの存在に凝縮されている。彼の専門分野は「センシング技術」。しっとり、なめらかといった心地よい髪の秘密をひもとく技術と、それを使った美しい未来とは。
※ 2025年7月22日時点、当社調べ
美容機器の開発は“感性価値”を創造する仕事
「センシング技術」とは、センサーやカメラ等を用いて対象物の物理量や状態を測定し、数値化する技術のこと。追風はこの専門家として2007年から約8年間、パナソニック全社のモノづくり革新に取組む生産技術研究所に所属し、様々な商品を計測、検査する技術開発業務に従事していた。
「モノづくりに関わる技術者として“測れないモノは作れない”という考え方で必要な計測技術を一から開発し、設備として工場へと導入していました。若手の頃から様々な事業部の技術者や量産現場と向き合いながらセンシング技術開発を経験したことで、私の専門性や仕事のスタイルが身についていったのだと思います。また、新規事業探索の一環で再生医療の研究機関でのプロジェクト参画の機会にも恵まれました。この経験が生体という自分にとって新たな分野への挑戦の意欲が生まれたきっかけだと思います。」
そうした中で、美容機器という分野に興味を抱くようになる。
「美容機器の開発は“感性価値”を創造する仕事だと感じました。たとえば美顔器なら使うことで肌の美しさを保つ。それにより自信がついて内面が変わり、生き方さえも変わるような可能性を秘めている。それを実現するために、配属から9年目のとき、自分から手を挙げて異動しました。送り出してくれた上司や同僚を含め、たくさんの出会いによって成長させていただいたことが今の仕事に活きていると思っています。」
日本初※、髪のキューティクルを5cmの広範囲かつ生えたままでも約5分で測れる装置を開発、「キューティクルチェッカー」として初公開へ
※ 2025年7月22日時点、当社調べ
美容機器の感性価値である“肌や髪の状態”における評価は、人による視覚や触覚といった官能評価に頼っている部分が大きい。追風が取り組んだのは、しっとり、なめらかといった髪の状態を計測し、数値化すること。
「こういった感触には髪内部の水分量だけでなく、表面の状態が大きく関わっています。また人間の持つ感覚器は、手指の指紋や触覚受容体、神経や脳の記憶までが絡む複雑なシステムを形成しています。そこで2018年から香川大学との共同研究により、毛髪の手触り感を定量化する研究を続けてきました。その第一弾として『ナノ触覚センサー』という、髪1本1本の表面の微細なキューティクルの凹凸や、局所的な摩擦を高精度に計測できる香川大学独自のセンサーを搭載した、毛髪キューティクル診断装置を開発しました。毛髪の表面にある0.001mm以下の極微細なキューティクル段差を検出するため、『ナノ触覚センサー』の先端を毛髪表面にごく僅かに接触させながらスキャンし、1回の測定で200万点のデータを分析します。ここに当社のハード・ソフト技術者の知見が詰まっています。これにより幅5cm範囲のキューティクル枚数や毛髪表面のダメージレベル、髪の強さなどを約5分で分析できるようになりました」
従来のカタログ等で見かけるキューティクル画像は、電子顕微鏡等の分析機器で切り取ったごく小さな領域の画像であり、5cmもの広範囲で測定する技術は今までなかったという。
「毛髪のキューティクルを5cmの広範囲かつ生えたままでも5分程度で測れる装置は日本初です。
カタログ等で髪のキューティクルの画像をご覧になったことがある方もおられると思いますが、視野はわずか0.5mm以下です。そこまで拡大しないとキューティクルが見えないからです。この装置ではキューティクルという極微細な構造が検出できる感度と、5cmという従来比100倍以上の視野を両立しました。これにより、従来のキューティクルを観察する分析装置では発見できなかった局所的なダメージや、わずかな変化を発見できるようになりました。また従来の分析装置は研究者しか使えない機械で測定時間も長かったんです。これを通りがかりのお客様でもお気軽に、5分程度でご自身の髪状態を見ていただけるようにしました。」
この技術を利用して、寝ている間などに髪の毛同士がこすれあうことでキューティクルが剥がれる摩擦ダメージを発見し、さらにパナソニック独自のヘアケア技術で抑制できることを発見した。
「頭の重みを加えて毛束をこすり合わせたときのキューティクル枚数の変化を評価しました。高浸透ナノイーとミネラル※、マイナスイオンを搭載したドライヤーを使用した毛髪と、非搭載ドライヤーを使用した毛髪で摩擦試験を行い、それぞれのキューティクル状態を比較したところ、高浸透ナノイーなどを搭載したドライヤー使用において、キューティクル枚数減少率が半減することがわかりました。夜、寝る前に髪を乾かすという日常の習慣のなかでキューティクルのダメージを抑え、枝毛や切れ毛といった深刻なダメージに繋がるのを抑制することができます」
※ミネラルとは、亜鉛電極を含む放電ユニットから発生される亜鉛粒子です。
さらに、この技術を顧客サービスに応用すべく、「キューティクルチェッカ―」として初公開へ。
「お客様ご自身の髪悩みに対する真実を明らかにし、本質的な美髪へのヒントを持って帰っていただくタッチポイントを作りたいと考えました。研究段階からこのサービスへの応用を考えていたので、誰にでも扱いやすい装置にするために毛髪のセッティングから結果表示までを全自動化することと、直感的に理解できるユーザーインターフェースにもこだわりました。例えばまず髪を装置にセットした瞬間にご自身のキューティクルがどのような状態にあるかを画像でお見せし、測定中には髪の太さや強さ、キューティクル枚数などをリアルタイム表示することで常にお客様とコミュニケーションが生まれるようにしました。最後に髪のダメ―ジレベルを総合評価として100点満点で採点するソフトウェアを構築しました。この点数には当社の毛髪専門パネルの知見がふんだんに詰まっているのですが、中身のアルゴリズムは秘密です。今後、東京・表参道にあるサロンでのイベントなど様々な企画を考えています。」
髪にとって良い習慣を身に付けることで、未来の美しい髪を育むきっかけとなれば、と追風は語る。
「どんな方でもそうですが、生えてきたばかりの髪表面はキューティクルが鱗のように密集していて、健康な状態です。そこから徐々にダメージが蓄積するとキューティクルが乱れ、パサつきや枝毛、切れ毛といったお悩みに繋がる。髪の状態を定期的に確認することでケア意識を高めたり、自分に必要な商品選びのきっかけになればと思っています」
外部有識者との取り組みで、研究の世界が広がる
この香川大学との取り組みだけでなく、ヘア化粧品メーカーとの協業なども経験してきた追風。
「パナソニックの技術者代表として協業先との信頼関係を構築し、お互いのフィロソフィーを大切にしながらひとつの商品やお客様価値を生み出していくプロセスは、私にとって大変勉強になることです。今回であれば、『ナノ触覚センサー』の特性をご指導いただきながら自分たちの解釈に落とし込み、ひとつずつ課題を解決していくことで、第一弾のゴールへの道筋が明確になりました。今後も社内外の有識者と関わらせていただくことで、既存の商品開発アプローチではできなかった新たな顧客価値を創出し、これまで以上にたくさんのお客様に喜んでいただける商品を届けたいと思っています」
プロフィール
追風寛歳(おいかぜひろとし)
1982年、兵庫県生まれ。センシング技術(センサーやカメラ等を用いて対象物の物理量や状態を測定し、数値化する技術)を専門とし、2007年の入社後はさまざまな工場の生産性の向上を図ってきた。2015年より美容機器の開発に携わり、現在はヘアドライヤー開発や毛髪センシング技術の開発を手がけている。
- インタビュー内容は2025年7月現在のものです
- 「Panasonic Beauty Laboratory」に掲載の情報は、当社の研究や開発の取組み内容です