《スポーツクライミングの日本の若きエースは現役高校生で脱力系クライマー》安楽宙斗17歳の覚悟「今年は競技に集中してパリ2024でしっかり結果を残す」

安楽宙斗17歳の覚悟「今年は競技に集中してパリ2024でしっかり結果を残す」 安楽宙斗17歳の覚悟「今年は競技に集中してパリ2024でしっかり結果を残す」

text by 雨宮圭吾(Keigo Amemiya)
photographs by 杉山拓也(Takuya Sugiyama)

いよいよ間近に迫ったパリ2024オリンピック競技大会。
大会を楽しみたい方向けに、さまざまなオリジナルコンテンツをお届けします。
今回は東京2020で初めて正式競技に採用されたスポーツクライミングで、彗星の如く現れた「新しき挑戦者」として現役高校生の安楽宙斗(あんらくそらと)が登場。

安楽宙斗は千葉県内のハイレベルな進学校に通う高校3年生である。

パリ2024オリンピックのスポーツクライミング日本代表でもある。

周りの同級生たちは進路を定め、受験の準備を着々と進めている。安楽も少し前まではどうしたものかと我が身を案じていた。

文武両道――。とはいえ、トップアスリートの日常は忙しい。学校が終われば千葉県内だけでなく都内、ときには横浜のジムまで足を延ばして毎日4、5時間の練習に励む。日付が変わりそうな時刻に家に帰り着いてあとは寝るだけ。翌朝、身支度を整えて8時50分までには教室の席について始業のチャイムを聞く。終わればまた練習だ。

海外に遠征に出れば、授業は1、2週間欠席せざるを得ない。その分、勉強では同級生たちに遅れを取っていく。かといって、遠征の間に学業を持ち込むようなことはしたくない。

「せっかく海外に来たのにホテルにこもって勉強ばかりしたくないんです。なるべく外に出て食事をしたり、いろいろなものを見たり聞いたりするのも絶対にいい経験になると思いますから」

金メダル候補として挑むオリンピックへのカウントダウンが始まり、最近は文武のバランスが一方に大きく傾きつつある。自ら傾けるようにした、という側面もある。

金メダル候補として挑むオリンピックへのカウントダウンが始まり、最近は文武のバランスが一方に大きく傾きつつある。自ら傾けるようにした、という側面もある。

「今までは、学校に行けていないけど大丈夫かな?と心配でした。でも、もう割り切るしかないんです」

そう思えるようになったのは、自分の進むべきルートがこの1年ではっきり見えてきたからだ。

安楽は昨年からシニアカテゴリーの海外の試合に出始めた。

世界ユース選手権ではリードを連覇、ボルダーでも好成績を収めていたとはいえ、ユース年代からシニアへのステップアップがそんなにとんとん拍子にいくはずがない。ましてやオリンピックなんて。そう考えていた。

「僕も周りもさすがにオリンピックに行けるとは思ってなくて、まずは経験を積んで次の年のW杯メンバーに選ばれるように頑張っていこうと思っていたんです」

まずは現実的な目標を設定した。ところが、シーズンが始まると期待を大きく上回る結果を残していく。

W杯初参戦となった4月のボルダーW杯八王子大会ではいきなり5位になった。「自分でもびっくりしました」という好成績を残すと、1カ月後のW杯では表彰台に上がり、その翌月には早くも表彰台の真ん中に立った。

とんとん拍子で視界がひらけていき、迎えたのがパリ2024への切符をかけた8月の世界選手権だった。

安楽は前半のボルダーを3位の好位置で折り返し、後半のリードを迎えた。他の全選手が登り終え、最後の順番が安楽。その時点の合計点で3位につけていた楢﨑智亜を上回ることができればパリ2024行きが決まる。それまでの戦績を考えると、逆転は決して難しくはないはずだった。

ところが、この切羽詰まったシチュエーションで安楽は初めての感覚に襲われた。

「オリンピックに絶対に行きたいという気持ちもまだ固まってなかったのに、突然決勝で3位以内に入れば切符が取れるよという状況になった。夢にも思ってなかったオリンピックに行けるかもしれないと考えたら、急に緊張が押し寄せてきちゃったんです。次の段階に進むためにはここで勝たないといけない、というような経験は初めてだったので緊張して乱れてしまいました」

普段とは違う心理状態で臨んだトライは最終セクションに入るところで落下。楢﨑に一歩及ばずの4位に終わった。

「課題も足が踏みづらい苦手なタイプだったんです。筋力的にも心理的にも経験が足りなくて負けてしまいました」

競技を終えて安楽は泣いた。悔しさで泣くのも初めての経験だった。

それから3カ月後、安楽は再びパリ2024行きを懸けて壁と向き合っていた。

インドネシアで行なわれたパリ2024アジア大陸予選。勝てばオリンピックの舞台で、今度は見違えるような強さを見せた。

ボルダー4課題をすべて完登、さらにリード1課題も完登しての完全優勝。緊張はしていたが、それにのまれることはもうなかった。

「自分のMAXレベルの練習をしてきて、その間にあった大会でも優勝していたので自信があふれ出ちゃって、本当に自信の塊でしたね(笑)。ちゃんとやれば絶対に勝てる、優勝できると思って臨んでいました」

アジア予選に臨む前には、ボルダーとリードの両種目で史上初となる同時年間王者に輝いた。

アジア予選に臨む前には、ボルダーとリードの両種目で史上初となる同時年間王者に輝いた。上半身よりも下半身を巧みに使ったスタイルで「脱力系クライマー」と自らを呼んできたが、フィジカルトレーニングを続けて単純なパワー面でも強化を図ってきた。経験と筋力を上積みし、勝ち取った代表切符だった。

3年前の東京2020。クライミングが初めて採用されたこの大会は業界的にも一大イベントだったはずだが、安楽は「チラッとテレビで見たぐらい」で、つぶさに観た記憶はないという。

中学生だった安楽にとって、オリンピックは自分ごととして考えるにはあまりに遠すぎた。あとは「人の登りに興味がなかった」のがもう一つの理由。クライミングそのものへの関心がまだまだ低かった。

それがいまは自分の出ていない大会でもフォローし、他の選手の登りまで楽しんで観るようになったという。

「それは僕が本気で努力して練習するようになったからかもしれません。クライミングが強くなるにはどうしたらいいのかを考え始めたら、他の人の登りやクライミングそのものに興味が向くようになりました。いまはコンペ(競技会)に集中していますけど、これからは少しずつクライミングそのものの実力を強くしていきたいです。クライミングそのものが強くなった方がカッコいいなと思い始めたんです」

コンペが制限時間のある入学試験だとしたら、ジムでの課題攻略は自宅で難しい問題集を解くようなもの。そこにはまた毛色の違う強さが求められる。自然の中にある岩場でのクライミングとなると、それもまた別物だ。

だから、ますます時間はなくなる。

「最近はオリンピックに集中していて、もう時間がありません。平日は夜遅く帰って早く寝るってなると、やっぱり勉強できないですよね。大学も行く行かないで迷っていると何も手につかないので、今は行かないって思い込むようにしています」

研究者や教員になるような人は別にして、社会を知り、自分自身を見つめ、進むべき道を照らすための手段が学業であるなら、安楽にとってのそれはすでに十分に役目を果たしたのかもしれない。

文武のふたつの道も悪くはないが、クライミングの中にもいくつもの道があり、安楽はそれらを深く究めていこうとしている。

まずはオリンピック。7時間の時差を踏まえて日本からテレビや録画して観戦する人に向け、コンペの最高峰の舞台に広がるであろう魅力を安楽はこう語った。

「ボルダーではまず課題の豪華さを見てほしいですね。でっかいホールドがあってデザインされている。あれは単純に見ていて面白いと思います。動き自体も最近はショー的なものが求められるようになっていますから。一方でリードの方がわかりやすくて面白いという人も僕の周りには多いです。体力の限界ぎりぎりのところで頑張って耐えてひとつずつ進んでいく。その勝敗の行方を見守るのが楽しいと思います」

自らの登りにももちろん目を凝らしてほしいという。

「クライミングがもっと盛り上がって、ちょっとした趣味にしてくれる人が増えてほしい。だから僕もしっかりと結果を出して貢献したい。『スポーツクライミング今回すごかったよね』とみんなが語りたくなるような登りをしたいです」

パリ2024の壁にはどんなルートが用意されるのか。その道を究めた先には金メダルが待っている。

Sorato Anraku

Sorato Anraku
2006年11月14日生、千葉県出身。父の影響により小学2年生からクライミング競技を始める。世界ユース選手権のリードを2連覇するなど実績を残してシニアに転向。2023年のW杯はボルダーとリード両方で総合優勝を果たし、同年11月のアジア大陸予選で優勝してパリ2024への切符を獲得した。168cm、ウィングスパン182cm

オリンピックの感動の記憶はディーガで録画・保存すれば色褪せない。

全自動ディーガなら最大10ch×約28日間まるごと自動で録画。
日本人選手の活躍も、見逃すことはありません。
歴史的瞬間はワンタッチでずっと残せます。

パリ2024 オリンピック・パラリンピック競技大会は全自動ディーガで楽しもう!

全自動ディーガ

※2X602でハイビジョン放送を録画する場合。

その他の記事

Bボーイ界のリーダー・KATSU ONEが語る4つの観戦ポイント

山内晶大、山本智大、西田有志が教えるバレーボール観戦の楽しみ方「録画して試合中の駆け引きや選手の表情・動きにも注目して欲しい」

北京2008・競泳男子平泳ぎで二冠を達成した北島康介「なんも言えねぇ」の裏に隠された恩師からの一言

スポーツライター・生島淳が教える、「全自動ディーガ」を活用してパリ2024オリンピック競技大会を10倍楽しむ方法

高橋尚子がシドニー2000・女子マラソンで金メダルを獲得して甦った大会前からの記憶