京阪電気鉄道株式会社 様

メインビジュアルです。移動手段にもプレミアムな空間を提供 三位一体で実現した“電車と空気”の素晴らしい関係 メインビジュアルです。移動手段にもプレミアムな空間を提供 三位一体で実現した“電車と空気”の素晴らしい関係

この記事は、日経BPの未来コトハジメ「社会デザイン研究」に掲載したものの転載です。記事の内容はすべて本稿初出時当時のものです(本稿の初出:2020年11月30日)。

この記事を要約すると
・110年の歴史を持つ京阪電気鉄道が、京阪特急の座席指定特別車両「プレミアムカー」に鉄道車両として初めてナノイーX発生装置を搭載
・既存車両の改造だけに制約が多く、小型かつ高性能なデバイスの開発が求められた
・そこでパナソニック アプライアンス社、JR東日本テクノロジーが全面協力して“特注品”を開発
・三位一体で成し遂げた「空気の質」の向上をクローズアップする

時代の変化に伴い、日常の移動手段である「電車」は快適な移動空間を提供するための進化を遂げている。京都と大阪をつなぐ京阪電車の座席指定特別車両「プレミアムカー」は、京阪特急70年の歴史で築き上げてきた数々のサービスの更なる向上を追求し、「車内の空気の質」に着目した。移動空間の「空質」をいかに高め、体験価値を提供するか。そこではパナソニック アプライアンス社によるナノイーX発生装置が大活躍している。

移動手段にもプレミアムな空間を提供
三位一体で実現した“電車と空気”の素晴らしい関係

宮田令子氏の画像です。

名古屋大学未来社会創造機構客員教授
元名古屋大学産学官連携推進本部特任教授
元ImPACTプログラム・マネージャー

宮田 令子 氏

1982年入社の東レ株式会社では、一貫して研究開発に従事。事業化・研究マネージメントを経験。日本生物工学会技術賞受賞。名大では、異分野融合領域の産学官連携共同研究等マネージメントに従事。2014年~2019年にかけ内閣府 革新的研究開発推進プログラムImPACTにてプログラムマネージャーとして参画。超微量物質多項目同時センシングシステムの実用化に向けたプロジェクトを主導した。

宮田:
空気には、ヒトの目には見えないにおいや微粒子(PM2.5、PM0.1、ウイルス、細菌、有害物質など)がナノ、マイクロレベルのエアロゾルなどとなって漂っており、移動空間においてはヒトとともにそれらも移動、拡散していきます。安心・安全・快適な環境レベルを保つことがますます求められている昨今、多くの人が使用する「電車」においてもこの先進的な取り組みが成し遂げられることで、輸送関連業界での空気の質がさらに向上していくでしょう。

より快適な移動空間をお客さまに提供したい

ライフスタイルの変化を余儀なくされた2020年。なかでも電車を筆頭とする移動空間では、これまでになく健康で清潔な空気環境が求められている。パナソニック アプライアンス社が開発した微粒子イオンのナノイー/ナノイーX発生装置は、こうした時代の流れにマッチするソリューションである。日常の住空間のみならず、早い段階から移動空間に搭載され、「空気の質」の向上に貢献してきたからだ。

電車だけを見ても、その納入実績は幅広い。2015年から運行を開始したJR東日本の山手線E235系をはじめ、京王電鉄の5000系、東急電鉄田園都市線の2020系、相模鉄道の20000系、都営地下鉄浅草線の5500形などに搭載されている。すなわち、実に多くの乗客が意識せずともナノイー発生装置搭載の車両に乗っていることになる。

ナノイーには、空気中の菌・ウイルスの水素を抜き取り、それらの働きを抑制するOHラジカルがふんだんに含まれている。菌・ウイルス以外にも、カビの抑制、花粉の抑制、タバコやペット、汗ほかの生活5大臭の脱臭、PM2.5に含まれる有害物質の分解、アレル物質(ダニや動物、菌由来などのよるもの)の抑制、美肌・美髪などに効果があるとされる。これらの効果はすべて複数の大学や研究機関により実証されており、科学的な裏付けを得ていることも特徴だ。

ナノイーの解説図です。

2016年には、OHラジカルの量が10倍となった次世代型のナノイーXが誕生。これにより、従来以上に効果を発揮できるようになった。関西の大手私鉄である京阪電気鉄道(以下、京阪電車)はこの可能性に着目し、2019年8月から8000系特急車両の「プレミアムカー」に鉄道車両としては初めてとなるナノイーX発生装置の搭載を開始した。「プレミアムカー」は2017年8月の運行開始時からナノイー発生装置を搭載していたが、“より快適な移動空間をお客さまに届けたい”との思いからグレードアップに踏み切った。

ナノイー搭載プレミアムカーの画像です。 ナノイー搭載プレミアムカーの画像です。

開発にあたっては、パナソニックとともにJR東日本テクノロジーが尽力した。JR東日本テクノロジーは先に挙げた山手線をはじめ、鉄道車両へのナノイー発生装置の豊富な導入実績を持つが、ナノイーX発生装置の搭載事例は京阪電車が初めてとなる。三位一体となった開発の裏側や効果のほどを関係者に聞いた。

京阪電車のナノイーX発生装置は、3社の知恵を集約した特注品

大阪府、京都府、滋賀県に路線網を持つ京阪電車は1906年に創立。1910年に大阪天満橋〜京都五条間で営業運転を開始した、今年で110年の歴史を持つ大手私鉄の老舗だ。同社では2017年、特急車両8000系の一部に座席指定の特別車両「プレミアムカー」を導入した。ゆったりと座れるリクライニングシートを2席+1席で配置し、大型テーブルや荷物スペース、コンセントなどの設備も充実させたワンランク上の移動空間を提供している。

「プレミアムカーのコンセプトは“快適で上質な移動空間を提供すること”でした。コンセプトを実現するための快適装備の1つとして、空気清浄機の搭載は不可欠だろうと。それがナノイーX発生装置搭載の出発点です」。そう語るのは、京阪電気鉄道で電気設計を担当する吉原博氏。2015年頃から検討を開始したが、8000系「プレミアムカー」は既存車両の改造が前提だっただけに、さまざまなハードルがあったという。

「新たに取り付ける装置のスペースの制約が厳しいため、まずはいかに小型で高性能な装置であるかが鍵となりました。日常的に利用していただく車両ですから、フィルターやカートリッジの交換を極力必要としない容易なメンテナンス性も重視しました。さらに不特定多数の人が乗降する環境を考えると、消臭や除菌効果にもこだわりたかった。それらの観点を踏まえ、複数社を検討した中から最終的にパナソニックのナノイーに決定したのです」(吉原氏)

京阪電気鉄道株式会社 車両部 技術課(電気設計担当) スタッフリーダー(鉄道設計技士) 吉原 博 氏

8000系のナノイーX発生装置(当初はナノイー発生装置)は、送風機をつけた特注品となっている。京阪電車の場合、一般車両であれば天井中央部に送風ファンがあり、混雑した車内の空気を循環させる仕組みだが、特急車両には設置されていない。「いかにナノイーを車内に効率的に送り込むかを考えると、送風機一体型にするしかありませんでした。しかし、送風機をつけることで装置が大きくなってしまっては意味がない。そこでJR東日本テクノロジーとパナソニックにご協力いただいて、何度も実証実験を繰り返しながら仕様を固めました」(吉原氏)

JR東日本テクノロジーは東日本旅客鉄道(JR東日本)の子会社で、鉄道車両や関連部品の開発、メンテナンス、改良、製造などを主力とする。ナノイー発生装置に関しては2010年頃から車内搭載の検討を始め、小規模な実験室での確認、模擬車両による各種試験、そして実際に使用している車両での試験を経て山手線などへの搭載に至った。今回の開発に携わったJR東日本テクノロジーの本杉勇人氏は「我々には、実環境にならった実験の場を提供できる強みがあります」と語り、次のように続ける。

JR東日本テクノロジー株式会社 車両事業本部 開発センター 主事 本杉 勇人 氏

「もちろんナノイーのコア技術はパナソニックが保有していますが、車内のどのような場所に設置すれば最適な効果が得られるかに関しては、当社の知見を生かしてご提案することができました。

開発の流れとしてはまず、京阪電気鉄道から車体の設計データを提供していただき、3Dモデルを作成。それを基に、パナソニックに全面協力してもらいながら綿密にシミュレーションしました。車両には空気の流れがあり、適切な設置場所でないと座席によってナノイーが当たる、当たらないがはっきり分かれてしまいます。クオリティのばらつきは公共交通機関では許されませんので、納得行くまで徹底的にトライしました。

結果的に車両の左右上方に8台のナノイー発生装置を設置するのがベストとの結論に至りましたが、それまでにパナソニックとは4往復ほどの試行錯誤を重ねています。装置の小型化や車両に合った仕様への変更にも柔軟に対応していただいた。ここまで一緒に開発してくれるメーカーはなかなかありません。その点も、多数の鉄道事業者にナノイーが採用されている要因でしょう」(本杉氏)

「同じ鉄道業界ですので、こちらの苦労も分かっていただけた。求めているものを上手く翻訳していただいたおかげで、3社ともに円滑なやり取りができました。また、パナソニックとのつながりができたことで視野が広がったのも確かです」と吉原氏。滋賀県彦根市の工場にも見学に訪れ、お互いに親睦を深めたそうだ。

こうして強固な協力関係を築いたおかげで、2019年8月のナノイーX発生装置へのアップグレードもスムーズに完了した。互換性のある形で当初から設計したことが功を奏した。これまでのノウハウをフルに活用し、2021年1月に運行開始予定の新造車両、3000系「プレミアムカー」へのナノイーX発生装置搭載が決定している。

車両に搭載されたナノイーX発生装置の画像です。

吉原氏、本杉氏への取材は8000系「プレミアムカー」車内でナノイーXを浴びながら行なったが、一般車両と比べて明らかにニオイがなく、清々しさが感じられた。ちなみに本杉氏は、国家資格である臭気判定士の持ち主。裏を返せば、優れた人間の嗅覚による基準をクリアした室内環境ということになる。

「目に見えないものなのでなかなか効果を実感していただくことは難しいのですが、車内に貼ってあるステッカーを見つけて『ナノイーを搭載しているんですね』と安心されるお客さまがいらっしゃいます。それだけナノイー/ナノイーXは多くの人に知れ渡っているブランドだと改めて感じました。間違いなく、『プレミアムカー』の付加価値として貢献いただいています。

昨今は、移動空間内でもお客さまが衛生面、安全面を求められるようになりました。快適装備の1つとして搭載したナノイーX発生装置ですが、今後は“きれいな空気を提供する”特長がもっと世の中に広がってほしい。我々も『プレミアムカー』でその周知をサポートしていきたいですね」(吉原氏)

ナノイーX搭載のステッカーの画像です。
宮田令子氏の画像です。

電車をはじめとする“移動空間内”において、乗客が衛生面・安全面での安心を感じられるように空気の質に関しても配慮がなされています。その中でも単なる空気清浄機に終わらない「プレミアムカー」の取り組みはまさに“乗客目線”での取り組みといえるでしょう。今後は、快、不快などのにおいの識別度、有害微生物等の除去度、心地よい香り(におい)の質などを科学的根拠に基づき、実用的に“見える化”できることを期待しています。

開発者ですら予想しなかった多彩な製品の展開

ナノイーの研究は1997年からスタート。2002年ごろから開発に携わってきたパナソニック アプライアンス社の山口友宏氏は、開発の歴史をこのように語る。

「きっかけは水の消臭効果です。これを空気浄化に応用するところから検討を始めたのですが、どのようにして広い空間に散布するかが大きな壁となりました。単に噴射しただけでは濡れてしまいますし、細かくしたところで重力によって水滴が落下してしまいます。

研究を続ける中で出会ったのが静電霧化(むか)技術でした。水に高電圧をかけることで水そのものを微細化していく技術で、これを応用して完成したのが2003年の第一弾商品(空気清浄機の『エアーリフレ nanoe』)です」(山口氏)

パナソニック株式会社 アプライアンス社 ビューティ・パーソナルケア事業部 デバイス商品部 機能デバイス技術開発課 課長 山口 友宏 氏

ナノイーの大きさは、繊維の奥まで入り込む約5ナノメートル〜20ナノメートル(1ナノメートルは0.000001ミリメートル)。目には見えないその効果を広めるため、パナソニックでは「アカデミックマーケティング」を採用した。機能の良さが消費者に直接伝わらない分野において、第三者の研究機関や大学などの研究結果をもとに測定データを可視化し、効果を訴えかける手法だ。山口氏は「まったくマニュアルがなかったので、OHラジカルのメカニズムとその効果の相関を見出すのは非常に難しかった」と振り返るが、地道な研究の結果、2009年頃からは商品カタログでOHラジカルを前面に打ち出せるまでになった。

並行して、多様な製品に搭載するためにデバイスも生まれ変わってきた。2003年当時は装置も大ぶりで水の補給が必要だったが、ほどなくして水補給を必要としないペルチェ方式に進化。ベルチェ方式は小型で通電すると冷却できる特徴があり、当初に比べるとかなりの小型化を実現している。ナノイーXによって機能面が高性能化したことは言うまでもない。

「ナノイーXデバイスは単品ではなく他の機器と合わせて使うのが基本ですので、製品設計に沿った形状にして組み込みます。ですから我々は搭載製品に関して、いかに効率よくナノイーXを発生させてお客さまに実感していただくかを念頭にアドバイスしています。

京阪電車のような移動空間では、車両によって空気の流れや換気する回数が異なります。きちんと効果を出すために、ナノイーX発生装置の台数を増やし、最適な設置場所を検討する必要がありました。JR東日本テクノロジーの協力を仰ぎながら緻密にシミュレーションを行ない、環境に応じてカスタマイズした結果が功を奏したと思います」(山口氏)

事業面ではどうか。同アプライアンス社の秋定昭輔氏は「手始めに空気清浄機からドライヤーへと展開しました。その後は続々と搭載製品が増え、今では住空間、移動空間、公共・業務空間を軸に多彩な領域へと広がっています」と話す。住空間ではエアコン、ドラム式洗濯乾燥機、食器洗い乾燥機、冷蔵庫、コンパクト脱臭機など30を超える製品に採用されているため、馴染みのある方も多いはずだ。

パナソニック株式会社 アプライアンス社 ビューティ・パーソナルケア事業部 デバイス商品部 デバイス・アクア事業企画課 主幹 秋定 昭輔 氏

秋定氏によれば、移動空間で採用が拡大したのはトヨタがきっかけだという。2020年9月末時点でトヨタの40車種に展開しており、2020年6月にはSUVの新型ハリアーにナノイーX発生装置が自動車業界で初搭載された。「同様に、電車へ広がったのは山手線への搭載でした。それぞれの業界の主要メーカーの一つに採用されたことが波及効果をもたらしてくれたのです」(秋定氏)。その他ホテル、コンビニ、病院への大型エアコン、コインランドリーの業務用洗濯乾燥機などの採用事例がある。

山口氏は「当初から関わっている立場でも、まさかここまで広がるとは思いませんでした。技術開発の担当者としては、これからも積極的に技術を磨き上げ、ナノイーXを通じて新鮮な驚きをお客さまに届けていきたい」と決意を新たにする。秋定氏は「中国、ASEANを足がかりに、各国ごとのニーズを拾い上げながらグローバルに展開していくのがゴール。昨今状況で世界の衛生観念が変わったこともあり、将来的にはあらゆる製品に当たり前のように搭載されている必需品になるのが理想」と話してくれた。

JR東日本テクノロジーの本杉氏も同様の思いを口にする。「20年前は電車内に空調がついていないのが普通でしたが、今では考えられません。10年後にはナノイーX発生装置が空調と同じレベルで“電車にあって当然”という世の中になるかもしれません」(本杉氏)

どのようなきっかけで時代の流れが変わるかは誰にも予想できない――今年はまさに世界中の人びとがその思いを実感した。だが、「空気の質」の向上を求める動きはさらに加速するに違いない。そこにナノイーXがあることが当たり前の世界、それは決して夢物語ではない。

宮田令子氏の画像です。

車両内で効果を発現させるためには、デバイスがいかに小型で高性能な装置であるかが鍵となります。今回の取り組みを通し、さらに容易なメンテナンス性、消臭や除菌効果についても追求していただけたらと思います。また「アカデミックマーケティング」で科学的根拠を示していく姿勢も重要であり、今後より広く公衆衛生面においての広がりの可能性を持ったナノイーXをコアとした三位一体の技術を展開されることを強く期待しています。