新しい価値づくりに挑んだ2つのブランドがたどり着いた素材とは。

LAMDASH PALM IN ARAS LAMDASH PALM IN ARAS

持ち手がない独特な形状で、かつてないシェーバー体験を提案するパナソニックの「ラムダッシュ パームイン」。先進の技術と伝統の職人の技を融合させた、石川樹脂工業のテーブルウェアブランド「ARAS」。そして、これらまったく異なる製品たちに採用された、海水由来のミネラル成分から生まれた三井化学の複合材料「NAGORI®」。
日本から世界へ、新しい価値観を発信する製品たちは、どうやって生まれ、これから何を実現しようとしているのか。常識への挑戦者たちに話を聞きました。

プラスチックのイメージを一新する素材NAGORI®

写真:ラムダッシュ パームインとARASのテーブルウェア製品 写真:ラムダッシュ パームインとARASのテーブルウェア製品

はじめにNAGORI®という素材とはどんな素材なのか教えていただけますか。

写真:近藤氏

三井化学株式会社 機能性コンパウンド事業部 近藤氏:
NAGORI®は、海水のミネラルから生まれた新規複合材料で、陶器のような質感と重量感、温冷感を特徴に持つ素材です。海水のミネラルを最大75%配合しているため、プラスチックの使用量を最大75%削減することが可能です。
開発のキッカケは、三井化学社内の有志活動である「そざいの魅力ラボ -MOLp-」の中での「樹脂の食器で食べる食事は味気ないよね」という一言でした。そこで樹脂、つまりプラスチックの良さに、陶磁器や石のような、質感や重さ、温冷感を加えることで美味しさを表現できるのではないかという仮説を立て、それを実現できる原料を探しはじめたのですが、その中で知ったのが、世界の水問題でした。

写真:NAGORI®

海水を淡水にする過程において発生する濃縮水が、各地で環境問題の原因となっていたので、この問題の解決に、海水に多量に含まれているミネラル成分を原料とした素材を生み出すことで貢献できないか、そう考えたことがNAGORI®の開発につながりました。
こうして誕生したNAGORI®の特徴が注目され、パナソニックさんの「ラムダッシュ パームイン」、石川樹脂工業さんの「ARAS」をはじめ、現在さまざまな製品に採用いただいています。

探し求めたのは、サステナブルとかつてない感性価値

写真:ラムダッシュ パームインとARASのテーブルウェア製品 写真:ラムダッシュ パームインとARASのテーブルウェア製品

NAGORI®を採用した理由についてお聞かせください。

石川樹脂工業株式会社 専務取締役 石川氏:
私たちは樹脂を取り扱うメーカーですが、樹脂、つまりプラスチックと言うと「環境に良くないもの」と思われることも多く、悔しい思いをしていました。そのため、NAGORI®のサステナブルなコンセプトは、とても重要な要素でした。
また、触り心地や質感も本当に素晴らしい素材で、そこに惹かれました。ARASはお皿のブランドなので、食体験を豊かにできるかも、非常に大事な素材の選定ポイントです。NAGORI®は、それらの条件が満たされた良い素材だなと思って採用を決めました。

secca Inc. 代表取締役・デザイナー 上町氏:
これまでのモノづくりは、たくさんの製品と共に環境問題などの、さまざまな社会問題も生み出してきました。だから、これまで捨てられていたものを資源とする、ゼロからではなく0.5から1をつくるようなモノづくりがこれからは必要だとずっと考えていました。NAGORI®という素材のサステナブルな要素は、我々のモノづくりの考え方に合致していました。
また、先ほど食体験の向上の話がありましたが、NAGORI®を採用すれば、たとえば料理に合わせて器をあらかじめ温めたり、冷やしたりなど、これまでの樹脂の器にない選択肢が増えると思いました。お使いいただく方の選択肢の幅が広がることが重要であり、それに直結する素材がNAGORI®でした。

写真:別所さん

パナソニック デザイナー 別所:
手のひらに収まる骨格のシェーバーをつくろうと考えた時から、社内では素材が大切な要素であるという共通認識がありました。イメージしていたのは自然の石のような佇まい。どの空間に置いても馴染む自然の石のような存在を、家電製品でつくってみたいと思っていました。それを実現できる材料を探していた時に出会ったのが、NAGORI®でした。手に持った瞬間、まさにこれしかないと思いました。NAGORIの適度な重量感とひんやり感が、パームインを手に持った時に心地良さを生み出す。そんな感性的価値が生み出せると思いました。

また、『ラムダッシュ パームイン』は、「引き算」が商品のコンセプトでした。そういった意味では、無駄な部品やプラスチックを減らした分、ただ質素にするのではなく、素材で感性価値的な要素を還元することも、コンセプトとの相性も良かったため、すぐに採用を決めました。

常識を覆す、まったく新しいシェーバー体験をつくる

写真:別所さん 写真:別所さん

ラムダッシュ パームインの開発のキッカケを教えてください。

別所:
開発がスタートしたのは、まさにコロナの真っ只中。世の中の価値観が大きく変わった頃でした。良いくらしや男性らしさの定義がだんだんと変わり、シェーバーをつくる上で、これまでのように機能を進化させるだけが正解では無いと感じていました。
くらしが良くなるような体験を重要視しなければいけないのではないか。そんな思いをスタート地点として、新しいシェーバーについてデザイナーたちと考えていた時に着目したのが、「ヘッドを直接握って剃っているユーザー」が少数ながら一定数いるというユーザー調査でした。実は持ち手の部分は重要ではないのではないか。そんな気づきをキッカケとして、我々のシェーバーの強みである「刃」と「モーター」をヘッドにすべて詰め込んだ、持ち手のないデザインが生まれました。

その土地でつくるから、生み出せるモノがある

写真:別所さん 石川氏 上町氏 写真:別所さん 石川氏 上町氏

「ARAS」は石川県加賀市、「ラムダッシュ パームイン」は滋賀県彦根市で生産をしていますが、その場所でモノづくりをすることの意義を教えてください。

石川氏:
ARASをはじめてから、なぜ自分たちが石川県加賀市でつくっているのか、その意味を改めて考えるようになりました。日本人の特性である精緻にモノづくりができるという強みだけでなく、石川県加賀市に根付いている伝統工芸の歴史であったり、前田家ゆかりの技術の継承であったり、豊かな食文化や自然環境、季節の変化など、その土地ならではの意味をモノづくりする上で考えています。
また、ARASは少しずつ海外展開しているのですが、「あなたたちは、なぜこれをつくっているのか」といったアイデンティティが問われる機会がすごく多いです。そういった意味でも加賀市でつくっていることの意義や理由は意識していますね。

別所:
石川さんの話を聞いていたら自分のアイデンティティとモノづくりがマッチしていて、まさにモノをつくっている人の憧れというか、皆がやりたいことだと思いました。
私の場合はシェーバー担当として、滋賀県彦根市の工場で60年以上積み上げられた技術をはじめて見た時に、すごく感動したのを覚えています。そこからは、この素晴らしい技術をどうやったら世界に届けられるかを考えながらモノづくりをしています。

写真:上町氏

上町氏:
モノづくりは、そこにくらす人のパーソナルな部分まで何かしらの影響を及ぼすということが魅力であり、難しさだと思います。たとえば、石川樹脂は加賀市でつくっていますが、そこに住む人の中に、石川樹脂がARASに関わっていることを誇りに思うような人が増えてくれば、イキイキとくらす人たちも増えてくる訳ですよね。するとそこには、その背中を見てきた子どもたち世代にとって、自分の夢ややりたいことを素直に見つけられる環境ができているはずです。
その土地でモノをつくることの背後には、その土地の歴史や資源を活用したモノを追求する以上に、その土地の未来にまで良くも悪くも影響を与え得るということを自覚し、我々の取り組みが好循環を生み出せるように意識していきたいと考えています。

品質だけではない、これからの日本のモノづくり

写真:ラムダッシュパームインを手に持っている様子 写真:ラムダッシュパームインを手に持っている様子

日本のモノづくりについて、どのような思いがありますか。

石川氏:
日本のモノづくりというと「品質の良さ」が一般的なイメージですが、海外の製品にも素晴らしい品質のモノが増えてきており、日本のモノづくりは何なのかということが今すごく問われている時代になっていると思います。
我々のモノづくりの中には、日本が誇れる歴史と文化が脈々と根付いているはずで、たとえばパナソニックのような大企業が60年以上、彦根工場を持っていることって本当にすごいと個人的に思っているのですが、同じ土地で60年以上つくり続けてきたことの意味を、どうその先につなげていくのか、これから問われていくと思います。日本のモノづくりを、もっと世界に発信していくためにも、単なる品質の良さだけではないモノが求められていると思っています。

上町氏:
一時期の日本はモノづくりをどんどん海外に出していましたが、その時失ったのは技術だけではなく、モノをつくる情熱みたいなものも失ってしまったように思います。
やはり、愛情込めてつくるということは、原点に立ち返って相手を思って自分たちの手元でつくることが効率では計れない大事なことを内包することにつながると思います。日本の受け継がれる文化の根底には、こういった情緒的な側面の伝承ができてこそ、良きモノづくりが持続していくことにもなると思いますし、その下地の上に現代の考え方を重ねていくことが、日本らしさを維持した日本らしいモノづくりの進化のカタチなのかなと思います。

別所:
日本人のモノづくりの熱意は緻密さとかだけではなく、どれだけ人のことを思ってつくれるかにもあると思いますので、そういったところも取り組んでいかないといけないと思っています。石川さんも上町さんも、それをいちばん先進的にやられていると思うので、ぜひ学んでいきたいですね。

なぜつくるのかを問い続けて、つくり続けてきた

写真:別所さん 石川氏 上町氏 写真:別所さん 石川氏 上町氏

商品開発をする上で、どんなことを意識していますか。

別所:
商品開発の時は、ちょっとした裏テーマを持って取り組もうとは常に考えています。たとえば私は石を拾うことが好きなのですが、それがパームインをデザインする時の「いかに石のような佇まいに近づけるか」という思いにつながりました。表面の模様へのこだわりも、その辺りが活きていますね。

上町氏:
こだわっていることは、「つくる前を大事にする」ことです。石川樹脂とARASをつくる時にいちばん時間をかけてたことは、なぜつくるのかという議論です。1年ぐらいかけて、樹脂という素材の本質的な価値をピュアに発信するにはどうすればいいか、という議論を喧々諤々やって、その深い議論の末、ARASという目標と具体的なビジョンが見えました。指針になるところがしっかり議論できているからこそ、作業を分担した後もチーム全体がブレずに突き進んでいけたと思います。

写真:石川氏

石川氏:
seccaとのARASプロジェクトにおいていちばん言ったのは、どういう「問い」を立てるのかということ。そして、その「問い」にいま出せる回答は何かということでした。そのあたりの役割分担をしっかりやっているというのが、ARASの開発秘話と言えるかもしれませんね。現在も新しい商品を開発していますが、時代は一年一年変わっていきますから常に新しい「問い」を立てて、新しい「答え」を出す、というのを繰り返しています。

プロフィール

写真:別所 潮さん

パナソニック デザイナー 別所 潮

2015年パナソニック株式会社入社。プロダクトデザイナーとしてパーソナルケア商品を中心にデザイン開発に従事。冷蔵庫、オーラルケア商品、浄水器などを担当し、現在はメンズケア商品を手掛ける。

写真:石川 勤氏

石川樹脂工業 専務取締役 石川 勤氏

「P&G」に入社。日本のCFO(最高財務責任者)の右腕として従事。
2016年石川樹脂工業株式会社入社。樹脂製の食器雑貨、工業部品、仏具などの商品の企画製造・販売を手掛ける。

写真:上町 達也氏

secca Inc. 代表取締役・デザイナー 上町 達也氏

株式会社ニコンに入社し、主に新企画製品の企画とデザインを担当する。
2013年、食とものづくりの街金沢にてsecca inc.を設立。代表取締役を務める。

写真:近藤 淳氏

三井化学 機能性コンパウンド事業部 近藤 淳氏

2005年信越化学工業株式会社に入社し、経理や海外営業に従事。2008年ソニー株式会社に転じ、事業企画・経営管理業務を担当。
2017年に三井化学に入社し、現在は新製品及び新事業開発を推進している。

ラムダッシュ パームイン

手のひらサイズに、ラムダッシュ5枚刃テクノロジーを凝縮。