お米を“おどらせる”技


かまど炊きのごはんを超えるために開発された炊き技、「おどり炊き」。
ぱちぱちと音を立てて燃える薪、釜から立ち上る湯気―昔ながらのかまどと釜で炊き上げられたごはんは、一粒一粒が艶やかに立つ仕上がり、お米の味わいを最大限に引き出した旨みが特徴です。
そのおいしさを叶えているのが、すべてのお米に一気に熱を伝える炊き技。
はたして家庭用のIHジャー炊飯器でかまどの大火力を実現できるのか?そして釜全体にムラなくその熱を伝えられるのか?開発チームの挑戦は、ここから始まりました。
一粒一粒に熱をしっかり伝える、お米を「おどらせる」技


大火力のヒントは“圧力”のコントロールにあった!
約1,000℃に達するとも言われる、かまど炊きの大火力。しかし、家庭用のIHジャー炊飯器でその火力を実現するのは、安全面を考えると不可能です。
不可能を可能にするために開発チームが着目したのは、“圧力”でした。圧力が高くなると沸点が上昇する現象をうまく使い、大火力を再現しようとしたのです。しかし、圧力をかけすぎると、お米が縮んでしまう上、お米同士がくっついてベチャついた仕上がりになってしまうことが判明。開発は壁にぶつかりました。
そこで、当時の開発チームは圧力を“かけ続ける”のではなく、圧力を高めた状態から“一気に減圧する”方法を採用。一気に減圧することで爆発的な沸騰が発生するため、釜内部に対流が生まれてお米が粒と粒の間に熱がしっかり通るようになり、ムラなくふっくらと炊き上がることがわかったのです。「かまどの大火力と同じパワーを実現できる技術だ」と、開発チームは圧力のコントロールによりお米を“おどらせる”視点で開発を進めました。
とはいえ、圧力は何度も乱高下させればよいという単純なものではなく、釜内の水量やお米の状態によっては圧力変化で米の表面が壊れ、ベチャついた仕上がりになるリスクもありました。半年もの間、水分量に合わせて圧力をどのようにコントロールするか試行錯誤を続け、圧力を最適化する「可変圧力技術」を確立。
こうして、釜内部を1.2気圧まで高めてかまど炊きの沸点を超える105℃の沸騰状態にし、一気に減圧するという独自の炊き技「おどり炊き」が実現したのです。


「昔ながらの釜には、かまどに固定するための“羽”があります。この部分、実は炊き技の鍵でもあるんです。“羽”の部分がかまど内部から立ち上る炎をふさぐことで、火力を羽釜の下方に集中させ、激しい対流を起こすんです。
可変圧力技術による爆発的な沸騰は、羽釜内の対流と同じ現象だとも言えます。かまど炊きの大火力と対流を、可変圧力技術により叶えられたのです」と龍田さん。

発想のヒントはビール缶を開けた瞬間に!
“一気に減圧し、爆発的な沸騰を生み出す”ーその発想のヒントは、実は当時の開発者がビール缶をプシュッ!と開けた瞬間に閃いたもの。
缶内に泡を生み出すための玉が中に入っており、プルタブを開けて内部が減圧した瞬間、玉を中心にすごい勢いできめ細かな泡が湧き上がる様子を見て「これだ!」と思ったそうです。
(画像)ビールのきめ細かな泡のイメージ

釜いっぱいに広がった旨み成分を、減圧時に逃さないために
可変圧力技術によって一気に減圧させると、釜内から蒸気が逃げようとします。しかし釜内は蒸気だけでなく、お米の内部から滲み出る旨み成分「おねば」も充満している状態。一気に圧力を抜こうとすると、「おねば」も蒸気とともに吹き出すことに……。
そうなると旨み成分が失われるだけなく、吹きこぼれは炊飯器や周囲の汚れ、やけどの原因にもつながります。
そこで、開発チームは「おねば」を釜内に残し蒸気だけを逃がす方法を模索しました。試行錯誤の結果、外に逃れようとする空気を上下に蛇行させ重さのある「おねば」だけを下に落とすための“壁”と、タイミングよく蒸気だけを逃がす“減圧弁”を組み合わせてとり入れることに。
いずれもミリ単位のサイズ・位置調整、秒単位での微細なコントロールの組み合わせを何通りも試し、ようやく現在の最適解にたどり着いたのです。
釜の内部に充満する「おねば」

開発チーム裏話①おいしさVS吹きこぼれのバトル


炊き上がりの味を決めるソフトウェア部門の塚原さん(写真左)と設計部門の龍田さん(写真右)。両部門は毎日顔を合わせ、ときには一緒に試食を行いながら「おいしい炊き上がり」を追求し続けている。
龍田(設計部門): お米をよりおいしく炊くために、パナソニックには炊飯器内部の仕組みを考える設計部門と、炊き上がりの味を決めてプログラムをつくるソフトウェア部門があり、両部門がワンチームとなり開発を行なっています。
塚原(ソフトウェア部門): 開発はまず「こんな炊き上がりを目指したい」という食感、旨み、外観などのゴールを共有するところからスタートします。年々炊き上がりのトレンドは変化するので「今年はやわらかめを目指そう」「今回はしっかり粒立ちを重視したい」などを明確にします。
試作機で炊き上がったごはんに課題があった場合は何が課題かを一緒に考えますね。課題解決のために、ソフトウェア部門から「こんな性能を設計部門で実現できますか?」とリクエストを出すことも多いんです。
ソフトウェア部門の塚原さん

設計部門の龍田さん

龍田: 実際、お米を“おどらせる”際のリクエストは印象に残っています。ソフトウェア部門からの「お米を沸騰直後におどらせたい」の要求には、本当に頭を悩ませました(笑)。
なぜなら沸騰直後に減圧すると「おねば」が大量に発生し、吹きこぼれの原因になるためです。減圧時の空気の流れをつくる“壁”と“減圧弁”のアイディア実現までには、本当に何度も試行錯誤を繰り返しました。
塚原: ソフトウェア部門も、減圧弁がどのタイミングで、どのくらいのスピードで開閉するかなど、機構設計に合わせて何度も微調整を行いました。大変でしたが「このおいしさを実現しよう!」というゴールを、部門を超えてチームで共有できているからこそ、粘り強く取り組めたのではないかと思います。
火力をより強く、よりムラなく−答えは“6段IH”にあった
「従来の炊飯器は、ヒーターを熱源としていました。しかし、ヒーターは温まるまでに時間がかかるため、釜の外側と中心部で火の通り方にバラつきが出て、炊き上がりのムラができていました。そこで、パナソニックではクッキングヒーターで培ったIHの技術を活用し、炊飯器にもIHを搭載したのです」と龍田さん。
IHは立ち上がりが速いだけでなく、温度を素早く上下させられるための細かな温度コントロールができ、より緻密な火加減が可能になりました。
さらに、釜内のすべてのお米の粒が立つ、ふっくらとした仕上がりを実現するために、IHを底部だけでなく、側面と蓋に配置することを検討。全方位から加熱できないか模索しました。
「釜全体にムラなく熱を伝えるために、IHを側面・底面に加え蓋にも配置し“6段構え”にしたのです。IHなのでそれぞれを細かくコントロールすることも可能。全体の温度を一気に高めたり、側面からじわじわと加熱したりといった“職人技”の火加減ができるのです。『6段IH』があれば、お米はもっとおいしく炊ける……!という思いでIHの設計に奔走しました」と龍田さんは当時を振り返ります。
全方位から加熱できる全面6段IH

全方位から熱を加えられる「6段IH」は、保温性能の向上にも直結。釜内の温度差が少ないため露が発生しにくく、ごはんのベチャつきや変色を防げるようになったのです。
内釜に合わせてオーダーメイド。最適な長さと形状に
きめ細かな温度コントロールができるIH。「どのくらいの火力を、何秒間、どこに伝えるか」を細かく設定できる分、IHと釜の関係性が非常に重要です。いくらIH側の温度を正しく設定しても、釜との位置関係が変わると思った通りに熱が伝わらない可能性も……。
そのため、パナソニックでは釜にぴったり合わせ、IHコイルの長さ・形状を自社で設計・生産。狙った通りに熱を伝えられるように設計しているため、炊き上がりの食感・旨み・外観のコントロールも自由自在!
国内のIH調理器のパイオニアであるパナソニックが積み重ねてきた品質と安全性がここに生かされています。
自社生産の、最も強い火力を実現する底面IHコイル。

かまど炊きの美しい粒立ちを再現する“高温スチーム”
かまどでおいしいごはんを炊くために、昔から伝承されてきた「はじめチョロチョロ中パッパ」のフレーズ。これには最後の方に「一握りの藁燃やし」の工程があります。炊き上がった後にお米の表面を藁の強火でさっと焼き、旨みを米の内部に閉じ込めるために行われていました。
この工程を再現するために新たに開発されたのが、独自技術「高温スチーム」。炊き上がりに上部から高温の蒸気を米の表面に噴射し、表面の余分な水分を飛ばしてお米のみずみずしさを守りながら表面をカリッと焼き上げることで美しい粒立ちを実現することができるのです。
スペースは、わずか数センチ。そこでいかに250℃の蒸気をつくり出すか
最新機種ではスチームの温度が220℃から250℃に上昇。「炊き上がりに、もっとハリを出したい」というソフトウェア部門の声を受け、短時間でよりお米の表面をパリッと焼き上げる高温へと機能を進化させることが決定しました。しかし蒸気をつくり出す蓋内のスペースは広げられません。周囲のセンサー類に熱を伝えないようエアギャップ(空気のクッション)も確保しなければいけません。わずか数センチのスペースで30℃もの温度上昇をどう叶えるかー。
設計部門では蒸気と熱源との接点を増やすため、金属の筒内部に多数の“ひだ”をつけたパーツを開発。釜内部の蒸気が筒に入り、発熱する内部のヒダの間を通り抜ける過程で温度が急上昇。250℃の高温スチームを実現しています。
お米のおいしさを最大限に引き出す“鮮度センシング”
「おどり炊き」を実現する可変圧力技術や6段IH、そして美しい仕上がりを叶える高温スチーム。しかしそれらを開発する過程で何度も炊き上がったごはんを試食するうちに、ソフトウェア部門はあることに気づきます。
ある日ふと「同じ条件で炊いたのに、数日前と味が違う」と感じたのです。設計部門だけでなくソフトウェア部門のメンバーも同じ感想。
調べてみると、お米の保存状態・期間によって味わいが変化していると判明したのです。鮮度の高いお米は水分量が多く、鮮度の低いお米は少ないため、同じ圧力をかけても旨み成分である“おねば”の発生量が違うことがわかりました。

そこで、どんなお米もよりおいしく仕上げるとっておきの技術として、お米の中の水分量を検知し圧力のかけ方を自動でコントロールする「鮮度センシング」にたどり着きました。
圧力+高温+蒸気からセンサーをどう守るか
鮮度センシングの“肝”となるのは、センサーの精度。米の水分量のわずかな違いを見分ける必要があるためです。しかしセンサーを埋め込む蓋部分は圧力・高温・蒸気などに常にさらされるため、過酷な環境です。センサー自体をカバーなどでがっちりガードする方法もありますが、カバーが検知の邪魔となり精度低下の恐れがありました。
そこで、センサーと釜の間に、検知の邪魔にならない程度に薄い膜を設けることを検討。問題は、周囲の温度が上がると膜内部の空気が膨張し検知精度が落ちる点ですが、圧力に応じて膜が敏感に反応するよう形を蛇腹状とし、圧力を逃がす弁を追加することでクリア!
小さな小さなパーツですが、開発チームのアイディアと試行錯誤の苦労がそこに凝縮されているのです。
センサーと釜の間に設けられた薄い膜

開発チーム裏話②多彩な独自技術があるからこそ、「答え」は無限!終わりのない旅かも……


龍田(設計部門): 「高温スチーム」も「鮮度センシング」も、もともとはソフトウェア部門から寄せられた理想の炊き上がりを追求するために生まれた機能です。ソフトウェア部門からの要求が機能の進化につながっていると思います。
塚原(ソフトウェア部門): 設計部門で実現してもらった機能をどう活かすかは、私たちソフトウェア部門の腕の見せどころ。熱源だけでも「6段IH」や「高温スチーム」があり、それぞれをどう組み合わせるかによって炊き上がりは大きく変わりますから。
龍田: 調理に特化したソフトウェアを専門に行う部門があるのは、パナソニックならでは。とくに塚原さんが所属するPanasonic Cooking @Lab 炊飯部は、炊飯を専門に扱うソフトウェア部門。調理科学に基づいておいしさを実現するプロとの議論は、いつも刺激的です。
塚原: 国内のお米消費量が減る傾向にありますが、お米は炭水化物の中でも非常にヘルシーな食材です。
ほとんど油が含まれていない半面、体内で生成できない必須アミノ酸が含まれているんです。お米の炭水化物は脳や筋肉でほぼ消費されてしまうため、脂肪にもなりにくい。
科学的に正しい情報も発信しながら、お米のおいしさをもっと伝えられる炊飯器を追求したいと思っています。
