その時代に必要な水を、考え続けた60年。

くらしに寄り添う水をつくる60年の挑戦。 くらしに寄り添う水をつくる60年の挑戦。

左:アクアビジネスユニット アクア商品部アクア商品設計課長 北条/中央:アクアビジネスユニット長兼アクア商品部長 津塩/右:アクアビジネスユニット アクアブランドマネジメント部長 小林

INTERVIEW

くらしを支える水と向き合い続けてきたアクア事業。
多様化するライフスタイルや変化する水環境に応えながら、その時代に求められる浄水技術を磨き続けてきました。
その原点にあるのは、「くらしのライフラインを支えたい」という、先代から受け継がれてきた想い。
この60年の節目に、3人のプロフェッショナルがこれまでの歩みと、これからの挑戦を語ります。

水の課題を解決する、浄水文化のはじまり。

水の課題を解決する、パナソニックの原点とは。

小林 アクア事業がはじまった1950年代は、今ほどに上下水道が整っていない時代でした。

津塩 当時、九州松下電器(以下、九松)が何よりこだわっていたのは、全国どこでも安心して飲める水を提供すること。それまで、赤痢やコレラに代表されるように、飲み水による健康被害は大きな社会問題でした。そうした中で1955年に発売したのが「家庭用井戸ポンプ」。そこから、水の課題を解決するパナソニックのモノづくりがはじまったと言えます。

小林 さらに高度経済成長期を経て、合成洗剤を多用する生活スタイルが水質汚濁を加速しました。水の課題が深刻化した時代です。見過ごせない社会状況が「水にまつわる問題を解決したい」という使命感を生んだのでしょう。その思想が、以降のモノづくりに息づいています。

北条 1962年に約6割だった水道普及率が上昇していく中で、60年代後半には水の味や臭いを気にする人が現れるようになります。1966年に誕生した井戸水用浄水器「PJ-01」は、粉末活性炭で濁りや臭いを取り除く製品でした。こうして、水でくらしを支える企業としての姿勢が培われていきました。

健康を支える水への挑戦。

困難を乗り越えて磨かれた、
私たちの技術力。

小林 1970年代後半の健康ブームを受け、水を「きれいにする」だけでなく「健康に役立てる」という新しい視点が生まれました。60年代後半にはアルカリイオン水がすでに医療機器として承認されていましたし、水に求められる価値や役割が大きく変化する転換点でした。

津塩 当時は社内でも医療健康機器への期待が高まっていた時期です。「飲み水で身体のなかから健康をサポートできないか?」という議論が開発の原動力になりました。そうして1979年にリリースされたのが貯水式アルカリイオン整水器「PJ-H101」です。ただ、認可基準を満たす製品開発の道のりには大変な苦労があったようです。

北条 技術者の視点から見れば、最大の壁は水質の安定供給だったはず。水は地域によって水質が異なります。でも出てくる水は常に一定の効果効能を担保しなければならない。「どこでも同じ水が出る」という品質を作るために、先輩たちは相当苦労されたはずです。水圧や水量の変化でpH(酸性・アルカリ性の度合い)は簡単に変動してしまいますからね。試行錯誤の末、電気で制御するアプローチによってついに水質の安定を実現しました。

小林 この確かな技術と情熱が、今のアルカリイオン整水器へ脈々と受け継がれてきて、私たちの強みになっています。

コンパクトかつ高性能。浄水器を生活家電に。

くらしを支えるために必要だった、
もう一つの視点。

津塩 70年代後半は深刻な水問題に直面した時期でもありました。インフラ整備を上回る水需要に少雨が重なって起こった渇水や、合成洗剤に含まれるリンを原因とする赤潮が琵琶湖で大規模に発生。水道水の塩素が要因となるトリハロメタンの有害性も顕在化し、人びとの間で「安全な水は当たり前じゃない」という危機感が高まっていたのです。

小林 こうした社会状況を受けて、1983年には松下電工(以下、電工)が蛇口直結型浄水器(TKシリーズ)を生み出し、水道水の塩素や臭いの除去を可能にしました。九松がアルカリイオン整水器の開発を見据えていた頃、電工の水事業が1978年、水量コントローラー「みずピタ」から始まっていたのです。時計づくりで磨いた精密設計の技術を転用し、お風呂や洗濯機への給水を指定時間で止められるこのタイマーを作りました。

北条 こだわったのは、家庭で使えるコンパクトな設計です。当時、井戸水対応の浄水器はフィルターも含めて大型でした。電工では「みずピタ」の技術を応用して、家庭の蛇口に取り付けられるよう極限まで小さくしました。活性炭や中空糸膜など複数のろ材を組み合わせ、小型ながら高い除去性能も両立したカートリッジを開発したことは、当時としては画期的だったと思います。

小林 「高性能なまま、いかに日常に溶け込ませるか」という思想のもと、時計や家電で培った電工の設計力が「生活家電としての浄水器」という市場を開拓し、浄水を日本のくらしに根付かせてきたのです。

目に見えない価値を、伝えるために。

ブームの光と影。求められた信頼性。

津塩 1980年代後半ミネラルウォーターの普及により「おいしさや健康を考えて水を買う」という考えが定着します。その流れで1992年に電工から最初のアルカリイオン整水器「TK731」が発売されました。テレビでアルカリイオン水が「驚異の水」と取り上げられたことでブームが起こり、整水器の売上は業界全体で前年比4~5倍と爆発的にヒットしました。

小林 アルカリイオン水は、胃の不快感や便通の改善といった胃腸症状への効能を謳っていました。ところが、急拡大の裏でその効能に懐疑的な目も向けられます。そうした中、O157の流行を受け、浄水性能を高めた中空糸膜入浄水器の開発など、「安全」への追求も並行して進められました。業界をあげてエビデンスを積み上げ、効果の再立証に奔走したこの時期は本当に大変だったと聞いています。

津塩 1990~2000年代は規格や基準の整備が進み、対応に追われた時代です。2004年にはアルカリイオン水のJIS13項目が制定され、翌年の改正薬事法により販売拠点への責任者設置が義務化されるなど、急ピッチで現場の体制が整えられていきました。

北条 「売り方も科学する」を社内の共通言語として、お客さまへの説明の仕方を根本から見直していきました。これは大きな転換点でした。目に見えない効果をいかに可視化し、「本当にすごい!」と実感していただくか。除去物質の数値化などエビデンスを示し、お客さまが価値を実感できる伝え方を模索したわけです。

技術を、暮らしの使いやすさへ。

未来の価値を見据えた、統合という決断。

北条 現在のアクア事業の土台となったのは、2005年の九松と電工の事業統合です。ライバルとして競い合ってきた両社でしたが、「互いの強みを掛け合わせたほうが、お客さまにより良い価値を届けられる」と信じて決断されたのです。高度な電解技術を持つ九松と、生活者視点の設計に強みを持つ電工。それぞれの技術や発想を融合させる道を選んだのです。

津塩 もちろん、統合は簡単ではありませんでした。規格や評価基準の違いをすり合わせる必要がありましたが、社外秘だったノウハウまで共有できるようになったことで、開発の効率が大きく向上し、製品化までのスピードも加速しました。

小林 具体的な成果のひとつは、サプライヤーの一本化によるコストダウンです。浄水器のカートリッジは、かつて安さを優先して中身のろ材だけを交換する仕様でした。でも調達コストを下げられたことで「カートリッジごと交換」するスタイルでも採算がとれるようになったのです。

北条 品質はそのままで、お客さまに手間をかけさせず、より手軽に交換できるようになりましたね。以降、緻密にpHを調整する九松の制御技術と小型化を追求する電工の発想がひとつに落とし込まれ、これまで以上に「性能」と「使いやすさ」の両面で、お客さまのニーズに沿った商品開発に取り組んできました。

安心の水を、アジア諸国に。

答えは、いつも「その土地の水」にある。

津塩 私たちは原点である「水にまつわる問題を解決したい」という思いのもと、水を知り、水に合わせて技術を磨いてきました。その考え方は、海外へ事業を広げる際にも変わることはありません。1997年の台湾進出を皮切りに、現在では13の国と地域へ展開しています。

北条 海外展開で私たちが何より大切にしてきたのも、現地の水を徹底的に知ることです。これまで1000を超える地域で水質分析を行い、硬度やカルシウム、pH値などのデータを収集・マッピングしてきました。商品開発では、その土地の水に最適なカートリッジ仕様を検討し、一つひとつの地域に合わせたものづくりを続けています。現地の水質に寄り添い、技術で課題を解決してきた積み重ねが、海外での信頼につながってきたのだと思います。

小林 最初に台湾を選んだのは、水の課題を抱えていたことに加え、現地代理店との信頼関係があったからです。浄水という新しい価値を届けるには、まずブランドへの信頼という土壌が欠かせません。台湾での成功を経て、マレーシア、そして2017年にはベトナムへと展開しました。東洋医学の文化が根付く地域では、アルカリイオン水への関心が高く、その土地ならではのニーズに応えられたことも印象的でした。

北条 一方で、「その土地の水」と向き合う難しさを最も痛感したのが、2009年に開発を始めたインドです。同じ地域でも家庭ごとに水源が異なり、水質も大きく変わります。ある家庭では性能を発揮できても、隣の家庭では期待どおりの品質を維持できない。販売後のアフターサービスも含め、お客さまに満足いただける状態を保つことができず、2019年には撤退という苦渋の決断をしました。しかし、こうした苦い経験が、あらためて「その土地の水」に向き合う糧となってきたのだと思います。

水道水で、豊かな暮らしを創造する。

水道水で、豊かな暮らしを創造する。

津塩 アクア事業の歴史を振り返ると、社主・松下幸之助の「水道哲学」があらためて思い起こされます。蛇口をひねれば良質なものが手に入る——。そんな精神でものづくりに携わる私たちにとって、まさに「水」でそれを実現できるのは光栄なことですね。

北条 私たちは電解と浄水の技術を2本柱に商品を展開してきましたが、これからも企画側とともに「今何が必要か」「それならこうしていこう」と議論を重ねながら、まだ見ぬ商品の開発をめざして技術を磨いていく。その姿勢は今後さらに不可欠となるでしょう。

小林 私たち自身にさらなる変化を求められています。アクア事業が60年を迎えられたのは、人びとの声に向き合い、安心して飲める水がそばにあるという価値を届け続けてきたからにほかなりません。これまでの浄水・整水器事業を強化しながら、「水道水に価値を加えて、豊かなくらしを創造する」という私たちのビジョンを加速させていければと思います。

プロフィール

津塩 俊之(つしお としゆき)

パナソニック アクアBU長
兼 アクア商品部長
津塩 俊之(つしお としゆき)

ビューティ・パーソナル事業部にてシェーバー開発に従事。長年培った精緻なものづくりの知見を携え、2025年にアクアビジネスユニットへ。現在はものづくり領域における責任者を務める。

北条 弘幸(ほうじょう ひろゆき)

パナソニック アクアBU
アクア商品部 アクア商品設計課長
北条 弘幸(ほうじょう ひろゆき)

マッサージ機や乗馬フィットネス機器「ジョーバ」等の設計に従事。2011年よりアクア事業に携わり、インド向け浄水器の新規立ち上げや、海外市場向けアルカリイオン整水器の設計をけん引。

小林 浩明(こばやし ひろあき)

パナソニック アクアBU
アクアブランドマネジメント部長
小林 浩明(こばやし ひろあき)

住宅用照明器具の商品開発・商品企画に携わる。顧客ニーズを深く捉えた商品企画を追求し、2015年にアクアビジネスユニットへ。2025年よりブランドマネジメント部担当。現在は商品企画およびグローバルのマーケティング責任者を担う。

* 還元水素水生成器・アルカリイオン整水器は、家庭用医療機器です。