歯周病が全身の健康に及ぼす影響
「歯周病」は、糖尿病や動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中などの循環器系疾患や、早産・低体重児出産、誤嚥性肺炎、アルツハイマー病などにも関連があるといわれています。歯周病を予防することは、全身の健康を守ることにも繋がります。
歯は全身の健康を支えている
歯は、全身の健康を支えるという、非常に重要な働きを持っています。
歯が減ってしまうと、生きるうえでの大きな楽しみのひとつである「食べる」ということがままならなくなり、Quality of Life(生活の質)が低下してしまいます。また、多くの歯を失ってしまった高齢者は認知症にかかりやすくなるという研究報告もあり、食べること以外にも、歯が全身の健康に関わってくることがわかっています。
どんな病気と関係があるか
歯周組織内に侵入した細菌や、炎症部位で産生された「炎症性サイトカイン」などの炎症物質が、血液によって全身に運ばれ、さまざまな臓器に影響を及ぼすことが昨今の研究でわかってきています。
炎症性サイトカインとは
サイトカインは、炎症の重要な調節因子で、細胞から分泌される低分子のタンパク質の総称です。免疫に関与し、細菌やウイルスが体に侵入した際に、それらを撃退して体を守る重要な働きをします。疼痛(とうつう)や腫脹(しゅちょう)、発熱などの炎症反応の原因となり、過剰に分泌されると、組織破壊だけでなく全身に悪影響を及ぼします。
糖尿病はすい臓から分泌されるインスリンの働きが阻害され、血液中のブドウ糖(血糖)が高い状態が続く疾患です。高血糖状態が長期間続くと、免疫が低下して感染症にかかりやすくなったり、血管に異常が発生して傷の治りが遅くなります。さらに、網膜異常から失明に繋がったり、腎不全による人工透析が必要になるケースもあります。
歯周病が進行すると、血液にのって炎症性サイトカインが全身に運ばれ、インスリンの働きを邪魔したり、血糖のコントロールに悪影響を与えます。歯周病は糖尿病の「6番目の合併症」ともいわれており、歯周病を治療すると血糖値が下がり、糖尿病が改善することが多くの研究でわかっています。
妊娠24週以降37週未満での分娩を早産、体重2,500グラム未満の低体重児出産を早期低体重児出産といいます。早期低体重児はさまざまな疾患にかかりやすく、死亡率も高いことがわかっています。
妊娠中は「エストロゲン」「プロゲステロン」という2つの女性ホルモンが血液中に多く存在しています。歯周病菌の一部がこれらを栄養源にしていることから、増殖した菌が口の中で活発に活動し、歯ぐき(歯肉)が炎症しやすい状態になります。
歯周病が進行すると、妊婦の血液中に入った炎症性サイトカインが子宮に運ばれ、子宮の収縮を誘発する可能性があると考えられています。妊婦が歯周病に罹患している場合、早期低体重児出産の危険率は実に5~7倍にものぼるというデータ※もあります。これは、喫煙やアルコール、高齢出産などよりもはるかに高い数字です。
※出典:妊娠期の歯周状態と低体重児出産のリスクに関する観察研究(J Periodontol 67:1103-1113, 1996.)
認知症とは、脳の萎縮や神経の変性などが原因で記憶や判断力が低下し、社会生活に支障をきたした状態をいいます。その中でも最も数が多いのがアルツハイマー型認知症で、記憶障害、失語、失行、失認、実行機能障害などが主な症状です。
歯周病菌の出す毒素によって歯ぐき(歯肉)などに炎症が起きると、血液中に炎症性サイトカインが流れ込みます。この物質が血液によって運ばれて脳にたどり着くと「アミロイドβ」というタンパク質が脳に蓄積され、記憶障害を起こすことがわかっています。
歯周病の治療や予防によって、認知症の発症や進行を遅らせることができると考えられています。
口内環境を整えて「健康寿命」を延ばす
人生100年時代。2025年には65歳以上の高齢者の数が約3,600万人となり、2042年にピークを迎えると予測されています。それに伴い平均寿命も延びていますが、自立して生活することができる年齢を示す「健康寿命」との間には約10年の差があります。
お口の健康は、全身の健康と密接に繋がっています。歯周病は多くの人々が感染する疾患ですが、日々のセルフケアと歯科医院での定期的なプロフェッショナルケアを継続することで、しっかりと予防することができます。
「平均寿命」と「健康寿命」
出典:厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト eヘルスネット「平均寿命と健康寿命の差(2019年)」
お話を伺ったのは
北海道大学
宮治 裕史 先生
歯学研究院 口腔総合治療学教室 教授
北海道大学病院 臨床研修センター 歯科卒後臨床研修部門長
*弊社から宮治先生に依頼し、頂いたコメントを編集して掲載しています。